ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

異業種交流

2018年08月04日 13時51分00秒 | 
今日は知り合いの公民館の館長に誘われて飲み会。参加者は8人。館長ともう一人、知った人がいたけど、あとは全く知らず…。何をやっているかもわからない人、聞いても何をしているのかぴんと来なかった人も。

帰り際、館長がこうやって広げるって大事ですよね、と。自分は結構目的達成を考えて、そこから逆算する癖があるので、こうよくわからない飲み会はあまり参加してなかったけど、こういうところから広がるよなと。

あと、よくわからんけど、楽しいというのも大事かな。

…とか言いながら、一人は昔ボランティア活動をしていたときに一緒だった人のお連れ合いさんだということが判明。以外に世界は狭いかもと思った。

それから…国際交流協会とかって外国人にはやさしいけど、日本人には厳しいと思うと。確かにキャパの問題とかもあったりするんやけど、それって多文化共生を広げよう、理解してもらおうとしてるわりには逆効果よね。

広げたいなら広げたいなりの動きをしないと思った。
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自分の役回り

2018年01月18日 23時38分59秒 | 
できることはできるけど、できないことはできないし。見栄を張って無理をしても、周りに迷惑をかけるだけやし、できる人にやってもらったのを学ぶ方が自分にとってもメリットが大きい。

なぁんてことを、もっと早くに気付いていれば良かったなと思う。いや、気付いてはいたけれども、自分の意地やプライドが邪魔をしていた部分もたくさんあったなと思う。

くだらないけど、でも、そうなんやからしょうがない。

というわけで、意識してちょっとずつ自分の不必要なこだわりを解体中。でも、そうすることがきっと自分にとってもええはず。
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再会

2014年02月12日 12時22分28秒 | 
昨日、外国にルーツを持った教員の研究会&交流会に行きました。社会を変えよう、よりよくしよう、次の世代が絶望しない、希望を持てるようにという想いで溢れていたし、本当にできるんじゃないかなって思いました。

あと、いろんな人に再会しました。心が熱くなりました。

高校生の時、進路とか大学受験についていろいろ相談させてもらって、話聞かせてもらって。大きかったです。今はルーツ教員になりましたよ。ありがとうございました…って言われて、何とも言えない気持ちになった。

5年、10年、15年…まだまだもっとやることあるわ。
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2013年10月05日 12時53分37秒 | 
私にできること,私にできないこと,私がしたいこと,私がしたくないこと。これにしなければならないこと,なんてのもあるんだろうけど。大切な人のことを大事にしたい。あと,ちゃんとそれができるように自分も大事にしたい。

仕事はそれからでいいかな。生きてこそ…なんだな。
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覚えとかなきゃ。

2008年12月03日 23時40分07秒 | 
「高下在心(こうげざいしん:すべての物事が成るか否かは心がけ次第できまるという意味)」
野村監督が中村ノリに贈った言葉。

「人の能力は態度によって規定される」
うちの職員がビール片手に、こんな言葉を言ったかどうかも覚えているかあやしい状況で言った言葉。

「高下在心」の時の心がけってすごく高尚なもののような気がするけど(四字熟語だから?)。同僚が常日頃から言ってるのは人の評価を「(今)できるできない」ではなく、「たとえ今、何かができなくても、人の話を聞こうとするか、学ぼうとするか、必要であれば変わろうとするか」ってことでしないといけない、と。能力をはかるって結局は本質主義的なところに戻っていく傾向があるけど(もちろん、それを回避しようとして状況論だとかいろんな能力観、人間観があるのだと思うけど)、こんな感じでそもそも評価の軸をたてるテーマをずらしてみるのもいいのかもしんない。

やっぱりどういう見方であれ、能力を見ようとすると(=評価しようとすると)可能性が見えなくなってしまう気がするし。

...というのも、ぼくは気が付くと人の可能性が見れなくなってしまってることがあります。良くないところです。忘れちゃいけないので、いつもとテイストが違うけど、アップしときます。

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学び

2008年02月22日 21時11分05秒 | 
今日はばたばたしとった。どうなるやろと思ってたセミナーも無事に組み立てできたし。どたんばのどたんばでおもしろそうな人に来てもらえることに。3月が楽しみ。

で、もって明日も別のセミナー。

「重要なことは、こうした力が(逆向きのものも含めて)個々の身体に障害をもたらす「自然」の力とは別種のものであるということだ。今日、英語圏では「障害」概念を、身体に生じる純粋に物理的なimpairment(損傷)と、この損傷を理由に社会の側が当事者に対しておこなう様々なdisability(ここでは「可能性剥奪」と訳しておく)の二つに分けているが、後者の意味での障害は、まさにデュルケームの定義した「社会的事実」(=諸個人に外在し、これを拘束する力)の産物であって、「自然」に由来するものではない(市野川容孝『身体/生命』)。」

もともとはボランティアから始まった人らしい。それ以上のことは知らないけど。でも、以前、朝日新聞で格差社会について書いてた文章も切れ味鋭かったもんなぁ。...ってぼくが言うと、偉そうやけど。明日が楽しみ。

...外国人についても分離しつつ統合するということが考えられるんかな。

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つなぎ目

2008年02月20日 19時41分28秒 | 
宮地尚子さんの『トラウマの医療人類学』という本の中の言葉で「言葉が心と身体のつなぎ目にある」というのがあった。本のタイトルのようにトラウマ、PTSD、ジェンダーを論じている中での言葉なので、それをそのままスライドして考えると、もともとの意味を失ってしまうとは思うけど。

でも、言葉が心と身体のつなぎ目にあるということは大事だと思った。言葉によって考えていることを伝えるだけでなく、考えていないことも伝わってしまうし、思いなんかも同時に伝わる。それから見た目なんかも発された言葉と互いに照らし合わせるような形で「その人」を形作っていく。

こうやって考えていく時点で、もともとの宮路さんの意味はかなりわい曲してしまったなぁ。

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海を渡る

2008年02月04日 01時15分48秒 | 
これも昨日の話。

6歳の時に来日し、結局日本の学校になじめず、12歳で一人で帰国した人の話。学校で暴力を受けたわけじゃないけど、一言一言がぐさっとくる、さりげない言動が期待感を失わせ、それが孤立を招き、無力感が積み上げられていく。助けてくれると思ってた先生も特別ひどい言動があったわけじゃないけど、でも、積極的なサポートとは言えないようなものだけだと、逆効果になるんやなぁと。勉強が嫌いだったわけじゃないけど、何のサポートもなく。日本語も自学自習の中で教科が分かるわけでもなく、周りの「ばか」という言葉を自分の心の中に少しずつ沈澱させていく。

息が詰まるような環境の中で、ふるさとや友だちへの思いばかりが募り、意を決して一人で国へ戻るけど、6年のあいだにふるさとの風景も友だちも変わり、気が付けば母語も成長が止まっていて授業についていくのも無理な状態。自分が何なのか喪失感を味わい...。今も言葉が苦手というか嫌い。子どもの時の思いは残るし、大人になった時に大きな影響を与えるよって。

「12歳の時に一人で国に帰ることは自分で決めた、自分の意志で決めた」と言うけど。日常生活の中で「こっちに決~めた」という時の決めたと、この時の「決めた」という言葉のギャップにたじろぐ。ほかにどれだけの選択肢があったのだろう。帰国を決める時に家族のこと、家族と離ればなれになることは全く考えなかったって言ってたけど。それすら見えないほどに、息が詰まり、視野が狭まるような生活をしてたんちゃうんかなって思うと、聞いてた僕も息が詰まる。

「全く日本にいい思い出はないし、学校のことも嫌なことばっかり。楽しいことって一つも覚えてない。もちろん、いい友だちもいたし、近所のおばあちゃんでとても好きなおばあちゃんもいたけど、日本のことは大嫌い。今は住もうと思えば普通に住めるけどね。」

明るい感じで軽く語ってくれたんだけど、その内容とのギャップに、かえって深く考えさせられる。

今、日本ではこういった子がどんどん増えてるんやろうな。帰国の選択肢すらない中で、次が何も見えない中で生活してる子もたくさんいるんやろうな。

「将来のことは全然考えなかった。考えられなかった。中学校とか高校とか将来とか。」

先週、家族で東海地方へ移って行った子がいたけど。うまくやってるんかな?やっていけるんかな?...そう願うだけやわ。
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学びについて考える

2008年01月29日 09時53分11秒 | 
昨日は中学校で、またまた授業。50分ってあっという間やね。

つい、このあいだ、里見実さんの話を聞く機会があったんやけど、おもしろい人やなぁと。セミナーの最初にアンラーン(unlearn)とは何かということを定義付けするワークショップから始まり、いかにメディアが取り上げる情報というのが偏っていて、本当に出会わないといけないことと出会ってないか、スタディーツアーなどでどこまで自分たちの視点を変えることができるかなどなど。

確かにスタディーツアーなんかは、外を見て、戻ってきたら普段の生活に戻ってしまう。外で見てきたことはいい思い出ってなってしまうことも多いかもしれないけど。でも、それをきっかけに次のステップをどうするか、自分の生活をどうするかということを考えて動いている人もいる。授業で全ての人間が変わるわけじゃないけど、確かに大きな学びをする人もいるって感じでスタディーツアーも考えたらええんとちゃうかな。ただ、向こうで見るだけではだめで、どういった人とどういった場で話をするかということが大きくなるんやろうけどね。
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非識字

2008年01月28日 09時27分03秒 | 
土曜日に参加した交流会。今、読み書きの教室であったり、夜間中学で勉強している人たち。もっともっとゆっくりと話す時間があればいいなぁと思った。

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 私は小学校の時な、全然学校に通われへんかったんや。妹も弟もおったけどな、働かんとあかんかってな。もう、しょうがないわ。ずっと働いてて、60歳になって初めて学校行こうかなと思ってな。それで夜間中学に行きはじめたんやけど、勉強って本当におもしろいよ。それまで全然読まれへんかったからな。ひらがなはちょっとだけ自分で勉強したよ。でも、漢字なんて分からんやん。もう、ほんまに困ったわ。いっつも仕事してたから、学校行くの大変やったんやけど、でもな、夕方になるやろ、そしたらな、胸がどきどきするねん。どんだけ忙しくて体疲れててもな、うれしくなってな。がんばって行こうって思うねん。先生もおるし、それに友だちおるやろ?一緒に話をしてな、それで勉強するんやけど、そりゃ楽しいよ。ずっと行けなかったんやもん。こうやって勉強するの、本当にいきがいやねん。私は死ぬまで勉強するよ。
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本当に重みがあるし、学校とは、学びとは、生きるとは何かを考えさせられる。何であまり意識されることも少なく、いずれ消えゆく問題として、今残っているけどそのうちなくなる問題としてあっさりと扱われるのか考えさせられる。

本当に学ばないといけないのはどっちの方なんやろかって思った。
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立ち話。

2008年01月19日 20時19分33秒 | 
今日、ひさしぶりにブラジル出身の女性が来た。もう60を過ぎてるのかな?最近、どうしてるんかなって心配してたけど、元気そうで何より。ほっとした。休日も仕事を頼まれ、どうしても断れなかったらしい。

彼女は簡単な漢字は読み書きできるけど、仕事で求められる読み書きは分からない。いつも、なんとかごまかしてやってるらしい。自分は「漢字が分からんから」って言ってるのに、いっつもいっつも作業の内容を書いた書類が回ってくるらしい。ほかの人にいつも聞くのは恥ずかしいのもあるし、しんどいと。だから、周りの人の作業の様子を見て、仕事をしているらしい。本当は残業も望んでないんだけど、頼まれるとどうしても断れない。年齢のこと、日本語のことを考えると、一度クビになったら、次の仕事が見つかる保証は全くない。彼女の性格を考えたら見つかるような気もするけど(見つけるまでは本当に本当に大変だと思うけど)、でも、「何とかしがみついとかんと」って。

「日本に来る前は、日本はきっちりしてるところだと思ってた。でも、今働いてる工場はいい加減やし、汚いし。それでもやらんと食べていかれへんやろ?」って。彼女は本当に苦労してて、ここでは書けないような悲しい出来事も経験してる。最後に「私、人生、このままで終わってしまうんやろか?でもな、そんなん絶対嫌やねん。このまま終わるのは嫌やから、だから自分が楽しめる場所を探してるねん」って。

彼女は普段の生活のことや思ってることを話してくれて「時間取ってごめんね。じゃ、仕事の続きしてや」って帰ったけど。いろいろ、学ぶというか、本当に大事な問いかけを受けたのは僕なんやろうな。
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教育から見捨てられる子

2007年12月18日 19時14分33秒 | 
今、「こどもの発達とことば」というテーマでプロジェクト&既存の事業の位置づけ直し、教育委員会や学校と再度、役割分担をしようと同僚と画策してるんやけど。

直接的にではないけど、そこに、どうしても巻き込みたい中学校の先生がいて。一度話をして授業を見学、それから三日続けて電話をしたものの、希望はすべて撃沈。とりあえず今日は直接会って、話に行ったんだけど、こっちの提案は見事に撃沈(苦笑)。でも、その代わりにいろいろ情報やアイデアをもらえて。

次回のアポも、これまでは「なんで?何話すんの?忙しいのに...」って感じが、ようやく「しゃあないな。かまへんで」という雰囲気に。とりあえず、撃沈に慣れてきたのと、撃沈の質があがってきた感じ(笑)

外国人の集住都市では国際にルーツを持つ子どもへの対応は割りと充実していたりするし、予算も組みやすいんだけど。少数点在地域では至難の技です。また、仮に国際にルーツを持つ子どもの学力が低かったとしても、たまたまこの子は学力が低いというように見られてしまうことも多く(気付く先生がいたとしても、そこまで手が回らないし、もともと数が少ないので学校も特別な対応策を練ることなく、個人対応で終わってしまうことも)。

なかなか思ったような対応はできていないんじゃないかなって気がします。それにニューカマーだけでなく、ダブルの子たちがいると思うと、本当は必要としている子どもはたくさんいるんだろうって想像つくんだけどな。

今日の先生の言葉で昔は部落や在日朝鮮人などの関係で「教育を阻害された子たちがいたけど、今は教育から見捨てられた子たちがいるんよね」という言葉がぐさっときました。
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善元先生

2007年12月11日 20時30分01秒 | 
今日も休み、しかもイレギュラーで入る仕事もないので、梅田をふらふらと。火曜日の日中でも、やっぱ人多いなぁ。梅田で買い物をしたのは久しぶりやったんやけど、ええ買い物ができました。

さて、このあいだ、善元先生の授業を見て、話をして。すごいよなぁ、本当にすごいよなぁ、すごいよなぁって言葉しか出てこないよなぁと思って、机の横に無造作に積んである本を見たら。善元先生の文章が載っている本を見つけたので、読み始めてます。小沢有作編の『日本語学級の子どもたち』という本です。善元先生の文章は最初に載ってます。それにしても、小沢有作編って。そりゃ、すごいわけやわ。

で、文章を読んでて、びしばし感じるのは本気で子どもと向き合ってきたからこそ、こういう文章を書けるんだろうなぁ、とてもじゃないけどぼくにはこういう文章が書けるような経験を積んでないなと思ったんやけど、印象に残った一節。

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被抑圧者からの問題提起はすべての人間を合意させるたけの普遍性を持ちうるということである。私は引揚げの子どもが徹底して自己を認識し、自己の存在を語っていく作業は引揚者だけの財産ではないと思う。この作業から得られた思想はすべての日本人の側も共有できる。ヨウジンと他者とのかかわり方を見てもよく分かる。
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めっちゃずしんときます。
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高校生

2007年12月10日 09時02分05秒 | 
今日は仕事がお休み。でも、きっちり6時50分には目が覚めた。もったいないような、うれしいような。

昨日、高校生の女の子が自分は中学生の時、どうやって過ごしたか、何をがんばったかってことを後輩へのメッセージとして伝えてくれた。高校生が来たのは初めてだったのですごくよかった。

でも、話を聞いてるとすごく考えさせられることばかり。ここは日本なんだから、日本に合わせて、郷に入りては郷に従え。甘えたこと言ってたらだめ。小学校、中学校はいいけど、高校では子どもに何もサポートもなく、日本人と同じように扱われるから日本人と同じようにがんばらないとって。「日本人に負けたくない」って思いでがんばって来たってことも言ってた。

確かにいつまでも手厚いサポートが受けれるかっていうと、そうじゃないからがんばらないとといけないんだけど。彼女のアイデンティティはどうなっているんだろうってことがすごく気になった。「がんばれ」と「日本人と同じになれるようにがんばれ」って違うもんな。これまで相当なプレッシャー、圧力を受けてきたんやろうな。

彼女が後輩たちを励まそうと一生懸命話せば話すほど、彼女のしんどさが話の向こうに見える感じで切なかった。
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ええ日

2007年12月08日 22時55分05秒 | 
今日、大久保小学校の善元先生が来て話をしました。本気で取り組んでる先生はすごい。また、子どもと本当に真剣勝負の関係性が作れているんだな、すごいなとただただ驚がく。

「やれることからやる。でも、それは適当なことじゃなくって本当に一生懸命勉強もするし準備もする。偶然は偶然じゃなくって、偶然が生じるように本当に一生懸命準備もする」...話を聞く前にこの言葉を聞いたら、「ふ~ん」って思ったと思うけど。数々の出会いの話を聞いた上で出てきた言葉は本当に重みがありました。まだまだ珠玉の言葉がいっぱいあったんだけど。

本気の人と出会うと、いっぱいいっぱい刺激受ける。ええ日でした。
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