11年。
神戸の震災から11年が過ぎた。11年という年月だけを考えるとずいぶん昔の気がするけど、ちょっと思い出してみると、つい昨日のことのように感覚や感情がよみがえってくる。多分、ずっと「昔」のことにはならないんだろうな。
当時、僕はまだ高校2年で須磨の山奥に住んでた。幸い、家の周りはなんともなかったんだけど、電気、ガス、水のない生活を経験した。出所のはっきりしないうわさを頼りに、鍋やポリタンクを持って水の確保にあちこちいった記憶がある。
通っていた学校は火事のひどかった長田区にあった。震災後、しばらくしてから学校に行った。駅から学校まで、そこにあったはずの建物がない。いつも通っていた道がない。いろんなところに何もなかった。ただ、あるのは、かつての生活の断片、それへの想い、そしてそういった断片と心の中で静かに語り合っている人たち。ぼくは親しい友人と朝練をしていたので、あと1時間ちょっと地震が遅ければ、ぼくもここにいなかっただろう。でも、そうはならず、ぼくは何もない横を普通に学校へ通っていた。普通に。だから、ぼくにとって震災はなかなか昔のことにはならない。あまりに対照的な二つの現実は今も対照的なまんまだ。
地震の前、毎日のように顔を合わせていた兄弟がいた。中学生のお兄ちゃんは毎日、靴を履きながら勢いよく家を飛び出していた。妹はそれとは対照的にいつもむすっとした表情で足取り重たく学校へ向かっていた。二人の名前は知らないけど、ぼくは毎日その兄弟の家の隣を通って学校へ行っていた。震災の後、彼らの家は僕が毎日通っていた道に多いかぶさるように潰れ、そこには道も家もなくなっていた。
地震のあとは一度もその兄弟の姿を見てない。ただ、家があった場所にはいつもきれいに花が飾られてた。
僕の心の奥底には毎日、明日はないかもしれないという気持ちがある。今が大事、今日が大事。だから、少々無茶と分かっていても無理をすることがある。何でも今日やってしまいたい。いろいろやってしまいたい。全部こなせなかった日は、その日一日、何もできなかったような気持ちになる。反対に、次の日のことを考えないといけない時、それが頭からよく消えてしまう。何に対しても計画性がない。ビジョンがない。そんな風に今のことしか見れない自分を子供だとも思う。
最近はそれもちょっと変わってきたけど。僕のそういった生き方が変わった時、1.17は昔になるんだろうと思う。