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映画・演劇のレビュー

ニュートラル『パラダイス印刷所』

2018-01-16 22:47:52 | 演劇

久々のニュートラルの本公演だ。大沢秋生は精力的に活動をしているけど、やはり彼には長編を書いて貰いたい。ニュートラルとして、たとえ小さな作品であろうとも、1年に1本は長編に挑んで貰えたなら嬉しい。彼が何を考え、何を思うかが描かれる芝居を見たいからだ。20年以上彼の芝居と供に過ごしてきて、もうそれが生活のようになっている。まぁ、そんなことを言いはじめたなら、20以上の劇団をずっと見ているから、そのすべてが同じなのだけど、感じ方や考え方がとても近いから、まるで自分が芝居を作っているような気にさせられるのだ。(傲慢な言い方だけど、大沢さん許してね)

 

タイトルにある「パラダイス」という言葉はジム・ジャームッシュの懐かしい映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を想起させる。もちろん、もちろん「パラダイス」なんてどこにでもあるフレーズでそこにはあの映画へのオマージュなんかはないはずなのだが、僕にはなんだかそう見える。ちなみに昨年の僕の外国映画ベストワンはジャームッシュの新作『パターソン』だ。ダントツでそう。あの映画はパターソンという小さな町で暮らすパターソンという名前の男の数日間(1週間)を描く話だった。この、『パラダイス印刷所』も、大阪の小さな町の片隅にある印刷所の数日間を描くお話だ。特別なことは何も起こらない。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のように旅に出ることもない。だが、主人公の若い女社長は、どこに行くにもバイクで行く。歩いて5分のコンビニにだって、バイクを飛ばす。彼女は、実は旅に出たい。だけど、この会社があるから、旅に出ることは叶わない。従業員は3人。先代(もちろん、彼女の父親だ)の時代からの古参の社員が2人。1人は20代の若者。細々と営む小さな町工場だ。今にも壊れそうな危うさが滲み出る。

 

実際は、今では廃業している印刷所を劇場として公演した。大沢さんがこの場所を気に入り、ここで芝居がしたいと望んだそうだ。大沢さんはここで起きるささやかな日々を妄想する。お話より、まず場所が先にある。そこに役者を置く。すると、そこからお話が動き出す。

 

従業員たちが集う休憩場所兼事務室が芝居の舞台だ。いくつかの休憩時間の、なんでもないたわいない会話がそこでは描かれる。印刷会社の人たちが職場でどんなことを話しているのだろうか、と想像し、それを好きなように(自由に)綴った台本を、役者たちが等身大で演じる。それを静かに僕たちも(大沢さんと供に)見守る。ここで、生きている。暮らしている。生活がある。でも、この愛おしい時間も、もしかしたらやがて消えていくかもしれない。そんな不安を抱えながら、だからこそ、大事にしたと願う。

 

小劇場の芝居のチラシを印刷する。お得意さんの公演をそこから夢想する。若い工員は気になるチラシの劇団を見に行っている。やがて、彼らも劇団を立ち上げよう、という話になる。なんだか、のんきなお話だ。だけど、休憩時間に彼らはそんなどうでもいいような話で時間を過ごすことで、生きていける。(しかも、実際に4人で芝居の練習をしたりもする。それって、やり過ぎのようにも思えるけど)

 

とても静かな芝居だ。彼らは、いろんなことを、ちゃんと受け止める。そうして生きている。そんな彼らのたわいない会話の数々が何ともしれず胸にしみいる。

 


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