いつものアート小説だ。だが、話の作り方は少しいつもとは違う。今回はゴッホを主人公にする。フィンセントとテオの兄弟と浮世絵をフランスに広めた林忠正とその助手重吉、彼ら4人の話として綴っていく。テオと重吉のふたつの視点を通してお話はゆっくりと展開していく。1886から91年までの5年間の軌跡を描く。ストーリー展開は時代を追う。正攻法のドラマ作りだ。
その中で描かれる4人のドラマは、フィンセントを背後に置き、シゲとテオを前面に押し出す。もちろんフィンセントの死に至るドラマだ。そして彼の後を追うようにして死ぬテオ。彼の背後にフィンセントを置き、シゲ(重吉)とその背後に立つ林忠正という図式だ。
フィンセントという稀代の画家の偉人伝ではない。今回はピカソやルオーを扱った時のようなミステリでもない。フィンセントという男の心の弱さと熱い想い。彼を支える人々。でも、破滅に向かっていくしかない日々。「たゆたえども沈まず」というタイトル通りのあやうさを原田マハは見事に描ききった。このストレートなドラマが胸を打つ。