習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『瞳の奥の秘密』

2011-06-22 22:40:34 | 映画
忘れられないことがある。ある悲惨な事件のことだ。弁護士事務所を引退した男が、心に深い傷あとを遺すあの出来事を、もう一度振り返る。あれからもう何十年も経つのに、どうしても忘れられない。あの事件を題材にして小説を書こうとする。当時のことを確認するため、関係者のもとに行き、取材する。かつての職場である弁護士事務所を訪れる。そこにはあの事件を担当した女性弁護士が今もいる。彼の上司であった彼女への想いが甦ってくる。事件だけでなく、自ずとその背後に沈んでいたあの頃の自分の恋心が浮かび上がってくる。これは、実は彼の秘められた想いを綴るラブストーリーだ。

これは、事件の謎を解明していくことを通して、あの時代を全力で生きた若き日の彼自身へのレクイエムである。そこにあるのは悔恨ではない。輝かしい青春の日々と、そんな時代を慈しむ老いた今の自分を肯定する想いである。やりなおしたいのではないし、そんなことは不可能であることはわかっている。あの事件ですべてをなくした人々の「今」をもう一度見つめることによって、事件を過去のものとしてその後の日々を生きた自分を断罪する。もちろんそんなことだって、ただの欺瞞だ。当事者である妻を殺された夫は、今もあの事件を忘れることなく生きているし、犯人を憎む。だが、死んでしまった妻は戻らない。所詮、他人の人生である。彼にはどうすることもできない。しかし、あの事件に関わって、全力で生きたあの若かりし日々の自分自身を大切にする気持ちには嘘はない。彼はもう一度あの時ともに同じ空気を吸って生きた彼女と向き合う。彼女のもとで、この事件を担当し、秘かな想いを胸に抱きながら、生き抜けた時代を誇らしい気分で見つめることになる。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『Xメン ファースト・ジェ... | トップ | 奥田英朗『純平、考え直せ』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。