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映画・演劇のレビュー

奥田英朗『純平、考え直せ』

2011-06-22 22:45:48 | その他
 軽い小説だ。いかにも奥田英朗らしい。どこまで本気でどこから冗談なのか、わからないところが魅力の『空中ブランコ』と同じくらいのテイストだ。だが、これはちゃんと青春小説として成立している。21歳のチンピラ(一応ヤクザだが)である純平が新宿歌舞伎町で生きる姿を、敵対するヤクザの幹部のタマを取りにいくまでの3日間を通して描く。

 ネットの掲示板に書かれる純平への様々な無責任な書き込み。暇な人間がこの世界には多いようだ。そんな人たちの声を背景にして、他者との関わりに対して、臆病な現代人の本音が見え隠れする。ほんとうはちゃんと人間と向き合いたいのに、そんな機会も度胸もない。匿名の書き込みでなら自由に勝手なことが言える。そんな悲しい人々の見えざる声を完全に無視して純平はあくまでもアナログな人生を全うしようとする。これが最後だ、と思い歩いた歌舞伎町で様々な人々と出会う。今まで関わることのなかったたくさんの人がこの日だけは、なぜかやけに彼と関係を持とうとする。それはこれが最後だ、と思う彼のオーラが引き寄せたのだろう。

 組のため、鉄砲玉として、人を殺し、刑務所に入る。もう10年は娑婆には帰ってこられないだろう。そんな思いで世界を見るから、今までは何でもなかったあれこれがなぜか愛おしいものに見える。そんな目で見るから周囲の人たちも今までと違う対応をしてくれたのだろう。要は自分の姿勢の問題なのだ。たった3日間。自由に肩で風きり生きたこと。それは彼の今までの人生にはなかった貴重な経験となる。そのことを奥田英朗はさらりとしたタッチで軽やかに綴る。この軽さが実はかなり魅力的なのだ。



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