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映画・演劇のレビュー

小川洋子『人質の朗読会』

2012-01-29 21:51:16 | その他
このなんとも不思議なタイトルの小説は、その内容もまた、タイトル以上に不思議なものだ。9つの短編集というスタイルになっているのだが、これは人質となり死んでしまった8人の犠牲者たちのそれぞれが語ったお話である。彼らが死んでしまった後、盗聴されていた記録を遺族の理解の元、ラジオで公開することになった。その記録なのだ。8人のエピソードに盗聴していた見張り役の兵士の話も含めた9話の朗読。

だが、読みながらそんなこの作品の構造なんて、忘れてしまい、それぞれのエピソードに引き込まれてしまう。彼らがそれぞれどんなふうに生きてきたのかが、語られるその小さな挿話から、見えてくる。人が生きていくことの傷みがそこには確かなものとしてある。どの話も現実の出来事とは思えないくらいに不思議で、儚くて、哀しい。それはまるで彼らが理不尽な出来事によって2年間も監禁され、やがて殺されてしまうという運命を担う原因であるかのような、そんな気分にさせられるような話ばかりである。だが、もちろんわかっている。この世の中には人質にされていいような人間なんかいない。しかもそれが偶然である場合は尚更である。

 各エピソードの最後に彼らのプロフィールがとても簡単に書かれてある。「インテリアコーディネーター・女性・53歳・勤続30年の長期休暇を利用して参加」とか、「作家・42歳・男性・連載小説のための取材旅行中」とか、そんな感じだ。事件は、観光旅行中のツアーで起こった。マイクロバスが、遺跡観光を終えてホテルに帰る途中である。反ゲリラの襲撃を受け、彼らは拉致された。

 それぞれの語る話のひとつひとつは、まるで夢の中の出来事のようだ。偶然出会った人とのほんのちょっとした縁。そこで感じた大切なこと。それが人生を決定付ける。でも、それはささやかすぎて、今まで誰にも語らなかった話だ。それを、彼らはこの朗読会で、同じように拉致された他人に語る。

 僕たちはそんな話を小説として読む。まぁ、これはすべて、小川洋子さんが作った創作なのだが、そんなことさえ忘れて、これらの話に耳を傾ける。なんだか不思議だ。いろんなことがもうどうでもよくなってくる。ただ、心を静かにして、ひたすらこれらの話に耳を傾けるだけだ。その時、ここには時間さえなくなる。僕は宇宙の真ん中にいて、ただ、佇んでいる。そんな気分にさせられる。


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