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映画・演劇のレビュー

山本渚『吉野北高校図書委員会 2・3』

2015-04-02 20:58:04 | その他
なんと漢字だけで10字のタイトルだ。こういうのって実はかなり珍しいことではないか。ふつうタイトルには、どこかで必ずひらがなが入る。なのに、この小説は漢字オンリーだ。しかも、無理してそうなったのではないことは見たらわかる。こういうどうでもいいようなタイトルは、なかなかない。まぁ、大したことではないのだが、そんなことをふと思った。

この平凡な何の工夫もなさそうに見えるタイトルが実は斬新だ。だいたい図書委員を主人公にした小説(映画もドラマも含めて)なんて史上初のことではないか。しかも、内容もちゃんと図書委員のお話だし、そこがまず1番だし。もちろんこれがよくあるラブストーリーなら、こんなタイトルはつけない。たまたま図書委員の男女が恋に落ちるなんてお話ではない。しかも、そんなお話を誰も作らん。図書委員でなくてはならなかったのだ。それは作者の山本渚が高校時代図書委員だったからで、これは彼女の自伝的な(なんていうと大袈裟だが)作品なのだろう。

地方の高校生を主人公にした小説や映画は枚挙にいとまがない。ローカル色は特に映画にとって武器になる。ロケーションを生かすことで、お話にふくらみが生まれる。1作目のところで、内容については書いたけど、今回、続編である2冊を読んで、改めてこの作品の「ありきたり」さと、その新鮮味に感動した。

こういう「コバルト文庫」を久しぶりに読んだ気がする。濱野京子もこの手の作品をたくさん書くけど、これはあまりにも個人的すぎて、作者が主人公たちと一体化している。個人的な心境の吐露は普遍性すら損なう恐れがある。あんたの感傷につきあいきれんという人もいるはずだ。それくらいにプライベートな世界なのだ。しかもこれは現実ではなく、彼女の空想の話かもしれない。けど、そんなこと別に問題ではない。素直な心情はちゃんと読者の心に伝わる。そしてこれはぎりぎりで独りよがりにはならない。

こういう等身大のお話を、しかも、こんなにも小さなお話を、ちゃんとした作品として提示できるって、素敵だ。そこには恥ずかしくなるような恋ゴコロが綴られていく。これはある種の夢のお話ではないか。少女マンガの世界だが、事実をベースにしているから、うそくさくはない。

せつない想いが、全編に横溢している。友情と恋愛。一緒にいるだけで、こんなにも心が落ち着く。ずっとこのままでいたい。キスシーンのひとつもないような淡いお話で、高校生活の3年間を追いながら、彼らが成長していく姿を見つめていける。恋愛にはならないような時間がこんなにもさわやかで、心地よい。煮詰まることなく、熟成していく想い。子供から大人へとゆっくり時間を経て移行していく。季節がめぐるように。そんな穏やかな春の日差しのようなまどろみの時間が描かれていく。

図書館で、ただうだうだしているだけの日々が愛おしくなる。ずっとこのままだったなら、どれだけ幸せか。でも、少しずつ時は過ぎていく。やがて、高校生活は終わりを告げる。だが、その3年間の想いでは永遠に心の底に刻まれる。ここで生きたこと、過ごしたかけがえのない日々がそれから先の人生の糧となる。これはそんな至福の時間を描き切った3部作である。ここには何もない。でも、すべてがある。

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