最初は「なんだこれ、」って感じ。もちろんつまらないのではない。楽しい。何が始まるのかわからないから、ワクワクするのだ。主人公は書道家とホテルマン。まるで接点がなかったまさかのふたり。これは老舗ホテルの従業員である続力と、書道教室を営む書家の遠田薫の友情物語。
遠田は初対面なのになんだか馴れ馴れしくて、あまり好きにはなれないけど、悪いやつではないみたいだ、と力は思う。最初は彼から呼び出されて、仕方なく行くという関係だったが、次第に彼のほうが積極的になる、というよくあるパターンになるけど、それがたった5つのエピソードで描かれる。長い時間の話ではなく、短い時間、少ない交流の中で描かれる。だが、結果的に深い関係になる。彼らはお互いに心を傾ける。誰にも言えなかった話をする。力は遠田のまさかの話に驚く。
彼は書家遠田に心惹かれる。彼の書く字体。専門家ではないけど、(どちらかというと素人なのだが)彼の書く字の美しさに魅了され、その磊落な性格との乖離にも驚く。次第に彼自身にも惹かれていく。だが、それはもちろん恋愛ではない。
淡い関係性から始まり、そのなかで、今まで知らなかった世界を知る。出会うはずのなかった人と出会う。これはそんな出会いから始まるドラマをさらりとしたタッチで気持ちよく描く作品。オーディオ小説として企画されたから、分量は短い(200ページほど)が、あっさりしていて爽やかな後味を残す、とてもいい小説だ。