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映画・演劇のレビュー

束芋 「断面の世代」展

2010-08-17 20:49:24 | その他
久々に美術展の会場に足を運んだ。だって束芋の個展が国立国際美術館で2カ月も公開されているのだ。これに足を運ばなくて、どうするというのだ。

 キリンコンテンポラリーアワードでデビューしたころからずっと彼女の描く世界に魅了されてきた。今回こんなにも大々的な展覧会が大阪で開催されてうれしい。吉田修一の『悪人』の挿絵を新聞連載時に担当し、その原画を一挙公開するというのが今回の目玉なのかもしれないが、それ以上に5つのインスタレーションが素晴らしい。予想を遙かに超える凄さだ。何が凄いかというと、国立国際美術館の広い空間(B2階のワンフロワーが会場)を彼女の色一色に染め上げていく潔さ、それに尽きる。まるでここは美術館ではなく、束芋のテーマパークである。

 何より驚かされるのは、会場の暗さ。今時お化け屋敷でもここまでは暗く出来ないのではないか。中に入った瞬間は、まともに歩けない。そして、最初の『団地層』でもうノックアウトされる。入口を入ると、たくさんの人がみんな寝ている。ぎょっとなる。何が起きてるのか、と驚く。会場の暗さにまだ目が慣れていないから動けない。しばらくして、少し慣れてくると、ようやく寝転がって天井を見つめる人たちの隙間を縫っていくことが出来る。自分のスペースを確保する。空いているマットに寝転がる。

 団地の断面図から部屋の中にある家具たちがどんどん溢れていく。すごい量の家具が家の中には収まっている。それがどんどん外に出ていくのを見せる。4,5階建の中層マンション。その各部屋から、様々なモノがどんどん流れ出ていく様は圧巻だ。生活する住人の個性的な空間から、モノが雪崩を打って出ていく。僕たちは天井に映ったそれを寝ころんで見る。何度となく出ていき、またそこに収まるモノたちの姿を見続ける。飽きることはない。

 次の『団断』も団地を上から抉って見せる。今度は団地自身が、中心に吸い込まれていく。なんなんだ、この感覚は。しかもいくつものシュールな描写が随所に織り込まれてあり、目が点になる。洗濯機のなかから捩れながら出てくる本を読む男、とか、お風呂から出てきて、裸のまま冷蔵庫に入ってしまう男とか、見えないところで思いもかけない人々の営みがある。

 『悪人』のシュールなイメージの連鎖はチープな悪夢を思わせて圧巻だ。そして、『悪人』の登場人物のひとりである金子美保をモチーフにした『油断髪』。スクリーンを覆う黒髪の間から覗く彼女の内面世界。小説のサブキャラクターをここまで独り歩きさせる。彼女の想像力には圧倒される。

 そこまでの印象が強烈過ぎて、『ちぎれちぎれ』と『BLOW』はあまり驚かない。描くものが抽象的すぎて、インパクトがいささか弱い。だけど、この2作品があることで、この展覧会に奥行きが出来たかもしれない。いろんな可能性を感じさせて、これはこれで悪くはない。

 出口が見えてきたとき、なんだか悲しくなる。ずっとこの闇の世界の中で、こころゆくまで遊んでいたかった。これは美術展というよりも、束芋ワールドが満喫できるこの夏最大のイベントである。ほんとうに楽しかった。 (写真は『油断髪』)

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