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映画・演劇のレビュー

演団劇箱『天空の書架』

2007-11-19 22:31:09 | 演劇
 とても好感の持てる作品だと思う。ハリー・ポッターみたく地下鉄の構内から、別の世界に旅立っていく一種のファンタジーなのだが、こんなにも単純な話なのに、それをきちんと作ってあるから見ていて気持ちがいい。特別奇を衒ったことはしなくても、誠実に作っていくことで、作り手の思いはしっかり伝わる。

 前作『Poison Prison Personns』では今までの劇箱とは一線を画すような見事な作劇を見せてくれたが、後半まとめに入ってしまったところで、ドラマが破綻していくのが惜しかった。全てを説明してしまい、作品世界を狭めていたのは残念だったが、頭から双葉が生えてくる植物少女の奇想天外なお話は見事で、新しい劇箱の方向性を示唆する作品だった。

 作、演出の吉野圭一さんの今回の語り口はとても滑らかで、お話はラストまで淀むことなく流れていき、無駄なくコンパクトに纏められてある。100分という上演時間もいい。前回の反省の上で、格段の成長が感じられる。

 我々の住むこの世界からは見えない場所にあり、この世界を束ねている会社がある。世界中のすべての会社の頂点に立ち、君臨しているらしい。その会社の史料編纂室を舞台にして、毎日何もすることなく、毎日暇を持て余している社員達に混ざって右往左往する3人の新入社員たちの姿を描く。採用されたものの、何の仕事も与えられず、いつのまにかこの会社に取り込まれていき、自分を見失ってしまいそうになる。そんな中で、人は世界といかに関わっていくべきなのか、が描かれる。

 時間が止まってしまった世界で、ずっと何をするでもなく、会社ごっこをして遊んでいることを義務付けられる。世界中の会社の資料がここには保存されており、それを束ねているといいつつも、彼らは世界を動かしているわけでもなく、この書庫の管理を通して何をしているのか、いまいちよくは分からない。この世界が作られた過程も含めてすべてがここにはある。では、それが一体何を示唆することになるのか。ここからが曖昧になる。説明を求めているのではない。この芝居の提示する世界観が知りたいのだ。

 だいたい、ここが一体何なのか。どのようにしてこの世界は成り立っているのか。ここでのルールはどうなっているのか。そんな幾つものことに疑問も多い。但し、ある種の緊張感を持続しながら、ラストまでドラマを引っ張っていくことには成功している。

 たくさんの書庫が立て込まれた舞台空間がなかなかいい。舞台美術はこの異空間をとてもすっきりと表現している。リアルに本を見せるのではなく、象徴としての本が納められた書架が立ち並ぶ。宙に浮いている書架もある。色は原色をそのまま使うのではなく、セピアトーンに統一されてある。

 気付くと、ここで働く人たちのバカバカしい行為に取り込まれていき、何の疑いも持たず、この世界を受け入れていることの恐怖。会社ごっこで、一生涯を終えてしまうことへの疑問から、この時間の止まった場所から脱却していく主人公の姿を見せて芝居は幕を閉じる。「今読もうとしているページが、前のページより少しだけ面白ければ良い」今日よりも、ほんの少し成長している自分を自覚することで生きていける、というこのラストはとてもさわやかだ。

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