ぽちごや

FC東京のディケイドSOCIOです。今シーズンは丹羽ちゃんとともに闘います。

風立ちぬ

2013-09-17 00:05:53 | 映画

台風一過、午前中の嵐が嘘のように夕方には晴れました。いまは綺麗な月夜です。中部関西地区は甚大な被害がありました。被災された皆さまにお見舞い申し上げます。

出かけるつもりが台風で足止めされ、ぼぉと過ごしておりましたら、ひさしぶりに映画を観たくなりまして、そういえば風立ちぬの前売りが未だ眠っております。さっそく映画館に参りました。

風立ちぬ。

宮崎駿監督の引退作になりました。多くの皆さんと同じく、自分も監督の引退を真に受けておりませんで、そのうちふと、「やっぱり映画人ですから」なんつって帰ってこられるんじゃないかと思っておりますw。なので、監督への感謝のことばは申しません。

例によって予備知識ゼロです。それでもジブリの作ですから、なんやかやと耳には入りますので、堀越二郎さんがモチーフの作品ということくらいは知っていました。なので、てっきりエンジニアにフィーチャーした硬派な物語かと思っておりました。

とってもロマンチックな大人のラブストーリーです。ふわりとした柔和な二郎と、いかにも戦前小説に描かれる悲恋のヒロインらしい美しくも儚い菜穂子さんの、恋の物語です。そこに機会好き、飛行機好きの監督らしい味付けがされていて、ベタつかない爽やかさなテイストに仕上がっています。

堀越二郎は、少年のころから飛行機のデザイナーを夢見てきた青年です。夢のなかで二郎は、イタリアの名飛行機デザイナーであるカプローニ卿に師事し、自分が目指すべき道を迷うことなく進みます。東京大学を卒業後、三菱に入社した二郎は、期待の星として重要な設計に携わり、ついに七試艦上戦闘機の設計主任を任されます。だけどテスト飛行で失敗。失意を癒すべく軽井沢に静養に訪れると、関東大震災で手助けをしてあげた菜穂子と再開します。震災のときはまだ子供だった菜穂子は、美しく成長していました。軽井沢で芽生えた恋は一気に花開き、婚約にいたりますけど、菜穂子には結核という重く不安な影があります。結婚は結核を治してからと、必死で生きようとする菜穂子は、辛く寂しい高原病院での療養に入ります。そのころ二郎は、九試単座戦闘機のチーフデザイナーを任されます。また設計部のリーダーとして尊敬と信頼を得るようになっていました。ある日、そんな日常を二郎がしたためた手紙を読んだ菜穂子は、恋慕募り、ついに病院を抜け出し二郎の元へ行きます。二人は短い逢瀬を覚悟し、結婚します。九試単座戦闘機の設計プロジェクトの間、二人は睦まじい生活を送ります。ついに九試単座戦闘機の試験飛行というとき、試験に立ち会うため遠方に向かう二郎を見送り、菜穂子は家を出、病院に帰ります。死を覚悟し、美しい記憶を残したまま二郎の元を去るという意思です。九試単座戦闘機の試験飛行は見事成功しますけど、やがて戦争は激化。二郎を代表する零式艦上戦闘機の悲劇などを経て、終戦。戦後、多くの喪失感におかれた二郎を、ふたたびカプローニ卿が夢に訪れ、もう一度だけ菜穂子に会わせてくれ、そして、戦後二郎が歩むべき道を示してくれます。

主人公堀越二郎のモチーフは二人います。ゼロ戦の設計士として有名な堀越二郎さんと、本家「風立ちぬ」の作者堀辰雄さんです。菜穂子は、堀辰雄さんの作品「菜穂子」をイメージしているのだそうです。つまり、エンジニアとしてのモチーフは堀越二郎さんで、悲恋の主人公のモチーフは堀辰雄さんという、実在の人物のミクスチャーです。主人公二郎のやわらかな物腰が、実在のふたりを見事に無理なく結合しています。

宮崎監督の作品は、大作になると少々メッセージ性が強くなりすぎ、渋みが残るテイストになるのですけど、本作は、いい加減に脚本に力が抜けていて、自分が好きなテイストです。ただ、監督と言えば、これまでは子供をターゲットにした作品が基本だったと思います。大人も楽しめますけど極端に意識はされていなくても、あくまでも子供が視聴して楽しいというのが基準でしょう。アニメーションのポジショニングは、基本的に子供向けですから。でも本作は、完全に大人向けです。ていうか、監督自身が見たい作品なんじゃないでしょうか。これまでの監督作では、「紅の豚」がテイスト的には近いと思います。自分は「紅の豚」が監督作では最高傑作だと思っています。そういえば、あの作品も大人のラブストーリーでしたね。結局ポルコは恋しないけど。その意味では、監督にしてようやくご自身が作っていて楽しめる、本来監督が作りたい作品を作れるようになったんじゃないかと思うのですけど、もしホントに引退されるのなら、とても残念です。商業的に成功しなくてもいいから、小ぶりな作品を時々作ってほしいと思います。

ジブリ作といえば、独特の作画ですね。もう一人の巨匠、高畑監督は実験的な作画をされますし、宮崎監督は人物を含めた物質の動きを、アニメーションの範囲で忠実に再現することが大きな特長です。リアルではなく、リアリズム。動きの本質を見つつ、でもあくまでも良い加減に漫画なんです。象徴的なのは、菜穂子の涙です。涙がじわっと溢れる動きは忠実ですけど、涙そのものはあくまでもアニメーションの範囲を逸脱しません。それからドイツでパヴェを走る車の描写が素晴らしく、独特のガタガタ感を再現しています。それでも車はあくまでもアニメ。よく拘りと言いますけど、ホントはそうではないんじゃないかと思うんです。リアルを追求したら、実写になってしまいますから。もし拘りがあるのだとすると、アニメーションという手法を守り続けることにあると思います。

少年期の二郎が寝ている表情と菜穂子の表情が、これまでの監督のキャラになく、繊細だと思います。とくに菜穂子の横顔など、思わず高橋留美子先生が描く女性のように思えました。もしこれが新境地なんだとすると、もっともっと人物にフォーカスした監督の作品を見たいと思います。

もう一つこれまでの監督作に無かった本作のテイストが、色香です。二郎と菜穂子の睦は、控えめでかつ悲しいものですけど、ほのかな色気を感じます。先の「紅の豚」のジーナのように、とくに単体の大人の女性はセクシーさを有していますけど、物語そのものに色気を感じることはまずありません。そもそも子供が視聴することが前提ですから。その意味でも、商業的なオーダーのない、いまの監督が本当に作りたい作品を描けたような気がします。

監督といえば忘れてはなりません。機械好きです。この作品でも、これでもかとかっこいい機械が登場します。主に飛行機ですけど、海軍の九試単座戦闘機、七試艦上戦闘機、零式艦上戦闘機をはじめ、陸軍の隼、ドイツ空軍のG-38、イタリア空軍のCa.60など、多数が登場します。ユンカース独特のアルミ機体が醸し出すシルバー光沢の味わい、九試単座戦闘機のエンジン部分など、作画描写が微細で、美しいです。飛行機の作画って、バランスが難しいのです。さらに動画となると、もっと難しい。とくに第二次大戦機以前の飛行機は、さながら生き物のように、各部位が個別に動きつつ全体が調和しているという複雑な動きをします。空母鳳翔艦上で三式艦上戦闘機のテイクオフシーンがありますけど、エンジン部から振動が機体後方に伝播する様が、見事に描写されています。まさにジブリ作画の真骨頂ですね。

もう一度いいますけど、これが引退作だと思っていません。いつの日かまた、ひょっこり作品を世に送り出してくれることを願います。自分はスタジオジブリの近所に住んでいるのでときどき監督をお見かけしますけど、念を送りたいと思います。それまでしばしの「おわり」です。