ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

仕舞い仕度

2009年08月17日 | 日記

 夏の盛りの一日、ふたつ所帯に鬼千匹の小姑やら小舅が何匹もいる大家族が総出で家具を運び出し、畳を上げ床板まではずしての大掃除。

 日頃無口で怖い存在だった父親が、陣頭で指揮する作業がなにやら奥ゆかしき行事のように思え、夏休みの間は朝飯とともに遊びに飛び出す腕白坊主が、この日ばかりは大人しく手伝うのだった。

 こA_3んなありふれた風景、最近はとんと見かけることがなくなった。

 ふたりの子供も仕事などの都合で帰省せず、可愛いライバル R 君はスイミングスクールとサッカー教室のため、月の初めに「帰りたくない!」と嘆きながらに両親の元に帰った。

 それで、連れ合い殿、日頃できない家事を相談もなくこの旧盆中の休みにやると決めていたようだ。
 帰省ラッシュの模様をテレビが姦しく伝える初日の朝、やにわに網戸を洗い、窓ガラスを磨き、カーテンを洗い出した。

 翌日は寝具を整理し、最終日は不要の本と雑誌を処分し物置を広くするという。
 テレビのニュースを連れにのんびりと朝刊に目を通していたが、身の置き所がなくなってしまった。

 そB_2う言えば過日新聞に、最近、遺品の整理屋なるものが繁盛しているとあった。
 遺された家族が処分に困る引き取り手のない家具や電気製品を整理してくれるのだ。

 整理屋が扱うのか知らないが一番始末に困るのが日記や自分史、アルバム、手紙などの故人の機微に触れる物とも聞く。
 悼む気持ちがあって処分できないことは痛いほど判る。

 鬼籍に入るのがそろそろとなれば、遺された者に負担をかけてはならない。
 着るものは清潔にして質素でいい、食器は一汁一菜を賄うことができればいい、ましてや起きて半畳寝て一畳あればなにほども要ろうか、と評論家的?には・・・思うのだが。

 今年は、「邪魔なのよ」と追い立てられ、満員の甲子園球場の様子を眺めながら新聞片手に狭いところでうろうろしながら旧盆を過ごした。あヽ!

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする