温泉クンの旅日記

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大山詣り 神奈川・伊勢原

2021-05-30 | ぶらり・フォト・エッセイ
  <大山詣り 神奈川・伊勢原>

「お待たせしました、ご用意できましたので」
 中庭に設置された灰皿を目ざとく発見して、その脇に立ちゆっくりと一服していると、ご丁寧にも声をかけてくれた。店内の戻った席の卓に注文した品が並んでいる。

 

(やれやれ、予想外にキツイ参拝だったわい・・・)
 まずは、冷酒を少量口に含んでゆっくり喉に落とす。思いもかけぬ大仕事を成し終えた後のように、酒はまことに甘露であり、冷えた豆腐は嵯峨野のそれをこえる、ことのほか極上の味わいであった。

 近いうちに金比良さんに参詣する予定なのであるが、長い石段を上りきれるかどうか心もとない。
 窮すれば通ずというがよくしたもので、飲み友達のシュッシー(酒肆)くんの、子どものころ祖父に連れられて一家で毎年のように行っていたという“大山詣り”の話をふと思いだした。
 講かなにかの団体旅行だったようで、子どもたちと足に自信のある壮年までは徒歩で、祖父や婦人たちはケーブルカーで楽ちんに登ったと聞く。

 まさしくお祖父さんたち一行は落語を地でいっていたようである。

  『江戸の長屋衆の年に一度、夏場の団体旅行は遊び半分の大山詣り。大勢で出かけるてェと、
  ちょっとしたことから喧嘩になって、取っ組み合いがはじまったりして、なにかをコワす。
   一行の先達さん(リーダー)である吉兵衛は一計を案じる。
  「・・・(略)・・・で、今度は決めがあるんだ。決めてェのはほかでもないけれどね、
  とにかく腹をたてた者は、二分(一両の半分)の罰金を取るんだ。手ェ出して取っ組み合いの
  喧嘩ァした者ァ、坊主にしちゃおう・・・とこういうことになっているんだからね、え?(略)」
   そのころ一分二朱(四分が一両、四朱が一分)あると所帯が持てた。』

         ちくま文庫「志ん生長屋ばなし」“大山詣り”より

 調べると「こま参道」を歩けば15分でケーブルカー乗り場、料金は往復で1,120円とのことだった。うん、これだな。その線でいってみよう。
 というわけでこの日、金毘羅さん参拝のためのリハーサルというか仮想稽古で訪れたのである。

 

 ただ、考えがちょいとばかり甘かった。
 参道の石段は踏み面の広さと蹴上げの高さがかなり不揃いで、まるで熊本城を思い出すくらい上りにくかった。ふだん山歩きでもしているのだろうかズバリ健脚そのもの、スタスタ歩きの妙齢の女性たちに次つぎと追い抜かれてしまう。なんか悔しい。
 運動不足の足腰に加え慣れないマスクを付けているせいか、やたら暑くただただ息苦しく、呼吸はまるでふいごのように荒々しく喘ぐ。

 まさか、ケーブルカー乗り場まで辿り着けなかったなんて言い訳は死んでもしたくない。必死の、まさに鬼の形相で乗り場にようやく到着したのだった。

 

 そこからは楽を絵に描いたようなものであった。
 江戸の人口が百万人のころ、年間二十万人が訪れたといわれる「大山詣り」は、あの「お伊勢参り」に次いで隆盛を誇ったのだ。

 

 

 ケーブルカーは、定員数を最小限に絞った運行をしているのだが、時節柄その半数にも満たない状況だった。

 

 参集段といわれる石段を上り、鳥居をくぐると、ついに「大山阿夫利(あふり)神社」の拝殿の前に出た。

 

 すかさず写メを撮ると<ここは、どこでしょうか?>とメールの題名に入力し、酒肆くんに送信した。

 

 標高は約七百メートルである。参拝をすませると、遥か湘南を見渡せるミシュラン二つ星といわれる絶景を眺める。

 

 拝殿右手の客殿の並びに「茶寮石尊」というカフェがあったが、ティラミスだのガレットだのといわゆるカタカナメニューばかりなのであきらめ、下社だけで目的達成して大満足、本社はあっさりあきらめて下山、参道脇の食堂に飛び込んだのである。

 

 子どもだった酒肆くんは、来るたびに“こんにゃくの味噌田楽”を食べたそうだが、バリバリ大人のわたしは名物大山豆腐の冷や奴をチョイスした。
 そうだ、そろそろ返信が来ているのではないかと、携帯を開くと着信していたので開くと<大山阿夫利神社!>とあった。さすがである。
 ちょいと考え、短く<あったり―!>と入力して送信した。
(それにしても大山阿夫利神社が創建二千二百余年とは凄い。あの秩父神社よりもまだ百年も古いぞ・・・)

 

 ゆっくり呑んだ酒もそろそろ底を尽きそうだ。お代りするか、蕎麦にするか。時計をチラリとみると12時半を過ぎるところだった。“大山ケーブル”から“伊勢原駅”のバスは、毎時15分発と45分発の二本である。駅までの所要時間が、バス嫌いのわたしの限界丁度の30分なので酒も腹も控えておくか。そうなると・・・えーい、次の45分発に乗っちゃえ!
 勘定を払い、急ぎ足でバス停に向かう。

 

 伊勢原駅に着くと、バスはこれで完了。現金なものでやおら食欲がもどる。駅の立ち食い蕎麦屋「名代箱根そば」で揚げたての“掻き揚げ蕎麦”で締めた。

 
 
 コロナが収束して、当たり前に酒を提供するいつもの酒場にもどったら、酒肆くんと大山詣りの話でとことん呑むことになりそうである。
 それにしても大山詣りの不首尾をなんとか金毘羅参詣に生かすためには、心を新たに褌を締め直さないといけないようだ。


   →「秩父神社(1)」の記事はこちら
   →「秩父神社(2)」の記事はこちら



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