コラム
「読書の秋に」
中学3年生になったある日のこと、なぜ日本で生まれ、血を分けた兄弟が離れ離れに暮らさねばならないのかと、真剣に悩んでいた頃のことである。
数学の答案用紙の裏に、悩みをあれこれ書いているうちに提出時間が過ぎてしまい、落書きを消せないまま提出してしまった。
放課後先生に呼び出され、叱られるのを覚悟して教員室に行ったのだが、先生は何も言わず一冊の本を差し出された。全和鳳先生の書かれた「カンナニの埋葬」という本だった。
京都にある万寿寺の玄関に掲げてある壁画のタイトルがそのまま題目になった本だった。先生は叱る代わりにその本を読んで読書感想文を提出するようにと言われた。
今まで読んだことも無いような暗い話ではあったが在日の現実がありありと描かれていた。私はその本を一気に読んで4枚の感想文を提出したのだが、しばらくして先生は感想文に対して24枚もの手紙を下さったのだ。
そこには私の悩みに対する答が全て書き込まれていた。歴史的に分析されて書かれた在日の今日に至る全ての話は新鮮であったし感動で胸が一杯になった。
それからも先生は視野を広げなさいと、卒業の日まで何十冊もの書籍を提供してくださった。一度友人達と訪ねた先生の部屋は、まるで書庫のようだった。
文学に対する想いはこの頃にはじまったように思う。今思えば先生との出会いは甘酸っぱい私の初恋でもあった。