ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

コラム 「読書の秋に」(再掲)

2013-10-05 21:03:28 | 詩・コラム


コラム

     「読書の秋に」
       
                      

  中学3年生になったある日のこと、なぜ日本で生まれ、血を分けた兄弟が離れ離れに暮らさねばならないのかと、真剣に悩んでいた頃のことである。

  数学の答案用紙の裏に、悩みをあれこれ書いているうちに提出時間が過ぎてしまい、落書きを消せないまま提出してしまった。

  放課後先生に呼び出され、叱られるのを覚悟して教員室に行ったのだが、先生は何も言わず一冊の本を差し出された。全和鳳先生の書かれた「カンナニの埋葬」という本だった。

  京都にある万寿寺の玄関に掲げてある壁画のタイトルがそのまま題目になった本だった。先生は叱る代わりにその本を読んで読書感想文を提出するようにと言われた。

  今まで読んだことも無いような暗い話ではあったが在日の現実がありありと描かれていた。私はその本を一気に読んで4枚の感想文を提出したのだが、しばらくして先生は感想文に対して24枚もの手紙を下さったのだ。

  そこには私の悩みに対する答が全て書き込まれていた。歴史的に分析されて書かれた在日の今日に至る全ての話は新鮮であったし感動で胸が一杯になった。

  それからも先生は視野を広げなさいと、卒業の日まで何十冊もの書籍を提供してくださった。一度友人達と訪ねた先生の部屋は、まるで書庫のようだった。

  文学に対する想いはこの頃にはじまったように思う。今思えば先生との出会いは甘酸っぱい私の初恋でもあった。






                  
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コラム 継続は力なり (再掲)

2013-10-05 20:43:21 | 詩・コラム


コラム
      「継続は力なり」 


                   
  
 
  大阪でコリア文学教室が始ってから40年近い歳月が流れた。

作品集<火種―プルシ>は、1977年1月に創刊号を出して以来15号までは毎年1回、16号からは3年に1度のペースになったが文学教室は中断される事無く継続されてきた。

  他府県にお嫁に行った人も結構多く、結婚後書かなくなってしまった人や、生活に追われ文学どころでは無いと去った人もいる。でも今残っている仲間の半分は30年以上一緒に頑張ってきた仲間である。家族よりもお互いを知り尽くし、苦しいときもどんなに心の支えになったことか。

  何よりうれしい事は60を越えた2世と3世、4世の若者が共に議論し励ましあいながら作品を作り続けているということである。上下関係はゼロに等しい。

 
  初めて新報に詩が掲載された20歳の時、どんなつらいときも必ず1年に1作以上新報に投稿しようと心に決めた。このささやかな約束を45年間守ることが出来たのも文学教室のおかげである。

  べたべたとは付き合わないが、仲間がいることは幸せなことだ。ましてや、駆引き抜きに忌憚無く批評してくれる仲間がいることは何より心強い。

  異国に生まれはしたが、ウリマルを愛し、たとえ辞書片手の創作であっても、牛歩であっても、母国語で書き続けることは人生の誇りである。

  「継続は力なり」 この言葉が好きだ。      


     *ウリマル(私たちの言葉)


         




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1週間のお弁当日記③

2013-10-05 09:14:25 | グルメ


 9月30日孫弁当⑭「カラアゲ弁当」











 10月1日孫弁当⑮「オムライス弁当」










 10月2日孫弁当⑯「餃子弁当」










 10月3日給食(ラッキーデー)







 10月4日孫弁当⑰「豚平弁当」









 10月5日孫弁当⑱「チャプチェ弁当」







 
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