ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。旅やアメリカでの話、趣味のことなどなど・・・自分の覚書を兼ねて。

長い長い猛暑の夏から、やっと秋へ。

2024-10-30 14:24:18 | 2023年10月より横浜での日々

 10月初め、夫の三回忌で7日程帰省、菩提寺での法要を済ませ、他の用件も娘がレンタカーでアッシーくん」をつとめてくれたので、予定通りこなすことができたが、法事を無事に済ませた安心感もあってか、疲れを感じて身体が思うように動かなかった。

 帰省最終日は元私の趣味・道楽?での【たまには歌舞伎を観よう会(正式には古典文学サークルの”はしばみ会”を使った)】の仲間からヤマトタケルの初日を一緒に!はねた後茶話会もお店も用意しますから』と嬉しいお誘いを頂き、太宰府を離れて以来、初めての懐かしい【博多座】で、猿之助歌舞伎の初日を観劇した。会の担当だった博多の方達なども、席に挨拶に来て下さって、旧交を温めた。「博多座大向の会・飛梅会」の足立会長さんにもお目にかかれた。大向こうの人を育てようと、熱心に指導して下さっていることに、いつも感謝している。「ご主人様がいらしたら、”掛け声”掛けて下さるのに」と夫の大向こうを懐かしんで下さった。いつも隣席にいた夫がいない観劇にも、慣れないといけないんだけど。

 古典歌舞伎と違って、猿之助歌舞伎は、ちょっと「声を掛けるタイミング」が難しいだろう。が、「澤瀉屋!!」の懐かしい佳い掛け声も聴くことが出来た。「博多座」は本当に良い劇場だと思う。三階席からの俯瞰は、一階席とはまた違って、気持ちが良い。團子くんの【宙乗り」も目が合うような気がするほど近かった。所に鞆殆ど満員御礼に近かったが、公演中とてもイ「入り」が良く盛況だったと聞いた。猿翁さんは現代の若い人達を、歌舞伎という異空間へ誘う大きな役目を、「猿之助歌舞伎」と呼ばれる一大エンターテーメントとして確立した。私は国立養成学校の役者希望の人達を、多く晴れの舞台へと導いた猿翁さんの功績は本当に素晴らしいと思っている。個人的には『黒塚』が強く想い出に残っている。いろんなことがあったにもかかわらず、今「猿之助歌舞伎」は見事に団結して、次なるステップへと歩みを進めている感じである。

 芝居が終わってのちは、森弘子さんはじめ、懐かしい方達と近くのお店で「お茶タイム・歌舞伎話」のひと時を過ごした。ごく親しい方達とは、夕飯もご一緒して帰りはホテルまでMさんが車で送ってくれた。滞在中のほっとする嬉しい一日であった。次に帰省するのは?一年後の夫の祥月命日の頃になるだろう。いとこ達や友人達、サークル仲間達、92歳になる伯母の見舞いも出来たし、次の再会迄元気でいてくれることを祈りつつ、故郷に別れを告げた。

  博多座さんから「初日の祝い酒を」と案内頂いたが、滞在8日目さすがに疲れていたので、博多座ロビー階段で行われたセレモニーには行けなかった(画像は仲間からLINEに送ってきたのを拝借(米吉・團子・隼人・壱太郎)大勢の人たちが詰めかけて、これまた盛会!!

 福岡・太宰府を離れてまだ年数は経っていないのですが、福岡の街は大きく様しようとしています。私達が7日間滞在したのは、海を埋め立てしてできた【アイランドシティ】となずけられ新興の街にあるホテル【Hotel  358UMI】海に面したと言っても、すぐ前がうみではないのですが。今迄福博の街にはなかったs¥高層マンションがニョッキッと聳えています。東京や横浜では珍しくないけど、福岡では初めてです。

Hotel UMIは娘がネットで探して予約したのですが、前回帰省の時に泊って、太宰府にも福岡市内にも都市高速で15~20分で行ける所がメリット。駐車場は何日でも無料。10階に温泉ではないけど大風呂があって、時間を選べば貸し切り状態で入浴できるのがメリットで、今回は7泊8日連泊しました。

生まれ育った福博の街の様変わり、これも時の流れ・・・スマホ時代になったのも。適応できるかなあ?好奇心はまだ失ってはいないつもりなんだけど。外は秋雨、部屋の中も床カーペットのお出まし、冬バージョンになりました。

来年の「博多座」2月公演は【劇団新感線・朧の森に棲む鬼。 歌舞伎ではないけど、お勧めデス。

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思いがけない感動の時間,【おどりのすきな山姥】作者の”ひとり語り”

2024-10-02 16:15:46 | 2023年10月より横浜での日々

 横浜北部に住んで3年目。近くに娘一家がいるとは言うものの、私は基本的には【独り暮らしの高齢者】このマンションには、回覧板も市の公報など何も届かず、【敬老の日】も全く関係なし。未知の土地に移り住むというのはこういうことか。都筑区の実情も全く解らない。

 では自分で老齢者用の情報収集するしかないなと、お最寄り駅の近くに【東山田地域ケアプラザ】という施設を訪ねたことが縁で、民生委員さんとの繋がりも出来、優しい職員さんの誘いに高齢者のための茶話会・・・と言うのに、暫く参加させてもらうことにした。20名ほどの集い、会費300円。ボランティアの方手作りのお菓子での「お茶タイム」もある。お世話して下さる皆さんも、とても優しく接して下さる。私達が高齢者だからだろうと、改めて自分の年齢を考え、感謝・感謝である。

 太宰府にいる頃は若い時から自治会で町内のお役に少しはたってきたが、ここではお世話をされる側(そんな年齢になった)初めての時に皆さんの自己紹介があり、皆さんそれぞれに買っては「絵や書を教えていた、習っていた」「カラオケ大好き」「小物作りや花を育てるのが好き」などなど、趣味も広範囲。90歳過ぎた方もいらしたが、皆さんもボランティアの方達も、とっても明るい。

その会で【みちゆきの会】(語りと尺八の会)に出会った。

 司会の紹介はごく簡単で、どんな会?どんな人達?何もわからない状態(後で解ったが、私が無知なだけであった。太宰府から出てきたばかりだったからもあるが)で、素人の同好会なのだろうと思っていた私は・・・物語が始まると同時に驚きを隠せなかった。

 部屋に入って来られたの、老齢の品の良い男女。女性の方は白髪交じりで私に近い年代かもしれない。男性の方は、食八を手にした、作法衣が似合いそうな名陶工のような雰囲気の髭のある方だった。

【ひとり語り】が始まった。女性の静かで柔らかい、深い声音と肩にまとったストールを上手く使ってのしなやかな動作。深い深い森に一人住む人ではない山姥。泣き叫ぶ捨て子の赤ん坊を思わず抱いて我が家へ。山姥は赤ん坊が愛おしく必死で育てる。山姥を「おぅかあ」と思い慕って甘える子。すくすく育った子供と村の祭りで人間に交じり、山姥と解らぬ態で踊りを楽しむ。その踊りの上手さに村人は拍手と歓声を送る。だがだんだんもの心がついた10歳に育った子供は「おっかあは人間ではない!」と。山姥はなんとか人間に似せようと牙を抜き、骨を削り血だらけとなるが、それでも子供は容赦なく「人間ではない」という。とうとう「人間のところに行きたい」と山姥の元を去る子供。残された山姥は嘆き、怒り、懸命に育てたのにと恨んだ。だが・・・ある月の夜、深い森を照らす月光の中で「今迄母親として楽しい嬉しい想いをさせてくれた子供、十分に傍にいてくれたこと」に気づき、祭りの夜にもう一度あの頃のように踊ろうと、村人の前で得意の踊を無心に踊るのだった。そして…いつの間にか山姥は人間の姿となっているのだった。

 語りの声が流れ始めた時、私は深い深い森の中をさまよっているような気分を味わった。その森の中で繰り広げられる山姥の物語が心の奥に深く届いているのを感じていた。勿論語りが上手だし、合間の尺八も切ないね色を添えて良かったが、何よりも演者が心から語って聞く人に伝えようとしていることが、柔らかな声音を通して心に響いた。至福の時間と作者の伝えようとしたテーマが昔話として伝わってきた。

語り手は新劇などの劇団出身の方かな(プロ)と思ったくらいである。ご主人様は語りのバックに尺八が入るといいかなと二人で話して、70歳から習い始めたとか。このお二人はご夫婦とのこと。奥さんが大病をなさった時もリハビリなども叱咤激励して下さったので、まだ語り続けられていると。素敵だなあ。

ちなみに気になっていた「みちゆき」とうのはおふたりのお名前からの命名とか。(つい、道行を想像してしまう歌舞伎好きな私である。

 他にも2編、良い話が。もう一度読み返そうと思いながら、「この本は太宰府でお年寄りや子供達との会の世話をしている友人にプレゼントしたい」と思ったので、帰省する荷物を送るときに、一緒に入れてしまった。

 本を譲って頂いたのに、代金をおとりにならなかったの気になっている。ちょっとした品物を用意したので、太宰府の友人にDVDを聞いてもらい、その感想などと一緒に作者の元へ届けたいと思っている。やく頂いた本には自作の句やサインもある。手放したくない気持ちと、今も地域活動している後輩に贈って役に立てたいとも思う。私の元にあるより、それが作者の望みだろうと思うから。

東京や横浜から遠く離れた九州にいたとはいえ、この本のことを全く知らず。お二人のことも。後でつくづく恥ずかしくなった。

 ★本のあとがきによると稲岡みちこさんは、青山学院英米文学部卒、英検1級、翻訳家。この本はシカゴの新聞に英文で掲載なさったそうだ。元俳誌「ホトトギス」の同人。俳人の句集の英訳、や「スカーリーおじさんの探偵絵本」などの和訳など色々ある。凄い方だったんだなあと改めて思う。

【佳い時間】を有難う!とケアプラザの方達にも、心から言いたい気持ちである。年を取るということは、本当に周りの皆さんのお世話になることなのだなと思った。年齢を自覚しなくては・・・。

明日から帰省。色んな用件を抱えて。自爆(笑)しないよう、体力温存しながら恙ない旅となることを願う。

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