10月初め、夫の三回忌で7日程帰省、菩提寺での法要を済ませ、他の用件も娘がレンタカーでアッシーくん」をつとめてくれたので、予定通りこなすことができたが、法事を無事に済ませた安心感もあってか、疲れを感じて身体が思うように動かなかった。
帰省最終日は元私の趣味・道楽?での【たまには歌舞伎を観よう会(正式には古典文学サークルの”はしばみ会”を使った)】の仲間からヤマトタケルの初日を一緒に!はねた後茶話会もお店も用意しますから』と嬉しいお誘いを頂き、太宰府を離れて以来、初めての懐かしい【博多座】で、猿之助歌舞伎の初日を観劇した。会の担当だった博多の方達なども、席に挨拶に来て下さって、旧交を温めた。「博多座大向の会・飛梅会」の足立会長さんにもお目にかかれた。大向こうの人を育てようと、熱心に指導して下さっていることに、いつも感謝している。「ご主人様がいらしたら、”掛け声”掛けて下さるのに」と夫の大向こうを懐かしんで下さった。いつも隣席にいた夫がいない観劇にも、慣れないといけないんだけど。
古典歌舞伎と違って、猿之助歌舞伎は、ちょっと「声を掛けるタイミング」が難しいだろう。が、「澤瀉屋!!」の懐かしい佳い掛け声も聴くことが出来た。「博多座」は本当に良い劇場だと思う。三階席からの俯瞰は、一階席とはまた違って、気持ちが良い。團子くんの【宙乗り」も目が合うような気がするほど近かった。所に鞆殆ど満員御礼に近かったが、公演中とてもイ「入り」が良く盛況だったと聞いた。猿翁さんは現代の若い人達を、歌舞伎という異空間へ誘う大きな役目を、「猿之助歌舞伎」と呼ばれる一大エンターテーメントとして確立した。私は国立養成学校の役者希望の人達を、多く晴れの舞台へと導いた猿翁さんの功績は本当に素晴らしいと思っている。個人的には『黒塚』が強く想い出に残っている。いろんなことがあったにもかかわらず、今「猿之助歌舞伎」は見事に団結して、次なるステップへと歩みを進めている感じである。
芝居が終わってのちは、森弘子さんはじめ、懐かしい方達と近くのお店で「お茶タイム・歌舞伎話」のひと時を過ごした。ごく親しい方達とは、夕飯もご一緒して帰りはホテルまでMさんが車で送ってくれた。滞在中のほっとする嬉しい一日であった。次に帰省するのは?一年後の夫の祥月命日の頃になるだろう。いとこ達や友人達、サークル仲間達、92歳になる伯母の見舞いも出来たし、次の再会迄元気でいてくれることを祈りつつ、故郷に別れを告げた。
博多座さんから「初日の祝い酒を」と案内頂いたが、滞在8日目さすがに疲れていたので、博多座ロビー階段で行われたセレモニーには行けなかった(画像は仲間からLINEに送ってきたのを拝借(米吉・團子・隼人・壱太郎)大勢の人たちが詰めかけて、これまた盛会!!
福岡・太宰府を離れてまだ年数は経っていないのですが、福岡の街は大きく様しようとしています。私達が7日間滞在したのは、海を埋め立てしてできた【アイランドシティ】となずけられ新興の街にあるホテル【Hotel 358UMI】海に面したと言っても、すぐ前がうみではないのですが。今迄福博の街にはなかったs¥高層マンションがニョッキッと聳えています。東京や横浜では珍しくないけど、福岡では初めてです。
Hotel UMIは娘がネットで探して予約したのですが、前回帰省の時に泊って、太宰府にも福岡市内にも都市高速で15~20分で行ける所がメリット。駐車場は何日でも無料。10階に温泉ではないけど大風呂があって、時間を選べば貸し切り状態で入浴できるのがメリットで、今回は7泊8日連泊しました。
生まれ育った福博の街の様変わり、これも時の流れ・・・スマホ時代になったのも。適応できるかなあ?好奇心はまだ失ってはいないつもりなんだけど。外は秋雨、部屋の中も床カーペットのお出まし、冬バージョンになりました。
来年の「博多座」2月公演は【劇団新感線・朧の森に棲む鬼。 歌舞伎ではないけど、お勧めデス。