ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

駆け足で春のお江戸へ。

2019-03-27 19:56:53 | 横浜滞在あれこれ

横浜在住の長女宅へ、3泊4日の駆け足で出かけた。今回の目的は姉孫のT美大【卒業制作展】と、妹孫のS大のゼミ発表の舞台、オペラ【カルメン(全四幕)】を観るため。


第1日目 オペラ【カルメン】観劇でゴザイマシタ。

 ・羽田空港には娘と姉孫のちいちゃんが迎えに来てくれて、空港で昼食、そのまま会場であるS学園大のホールへ。婿も直接学校に来て合流。

なんとまあ!モダンな建物にびっくり。衣装・舞台装置など全て生徒の手作り。オーケストラボックスには、やはり生徒たちで構成された楽団が。大学の先生や卒業生のプロの歌手も出演。

 

妹孫のゆうちゃんは、まだ一年生。ジプシーの女工さんの一人。勿論コーラスのみだが、全幕出ていてなかなかうまく自分の役柄を表現している。

勿論将来歌手を目指すとかではなく、あくまで大学授業の一環としての出演だ。この大学を選んだのは、音響関係に興味があったかららしい。なじみのある有名な「カルメン」だが、「通し」で全幕観る機会はなかなかないので、おもしろかった。メーキャップや衣装もプロ並みで、現代の若い人たちは、こういう才能やセンスを遺憾なく発揮して、生き生きしているなあ。クラシック大好きなご隠居、孫娘の艶やかな変身ぶりや学生達が創り上げた舞台に、大いに感心していた。若さのパワーに元気を貰って気持ちが弾んだ。

・三日目 T美大卒業制作展へ。

・姉娘「ちいちゃん」の卒業制作作品を観に、T美大へ。こちらもモダンな建物があるが、自然の中なので色々な樹木や池や芝生がある。

正式な卒業制作展は、青山のどこだかでもうすでに済んでいて、今回は学校の構内での展示だった。全てを見るのは体力的に無理かもと、孫の【テキスタイル科】や工芸・ガラスなどを見て回った。ここでも若い感性が溢れていて、楽しかった。

 テキスタイル棟は、明るい鮮やかな色合いがいっぱい。糸を染めること、布を染めること(ろうけつなど)学んで来た様々の知識と技を使って、一から全てを創り上げた作品が並ぶ教室を一つずつ見て回る。

発想の面白さ、ここも若い斬新な感覚が!!若いって無限の可能性があるってことだなと、ほんとに楽しくて、時間の経つのを忘れた。孫の作品は相当大きな作品だった。住宅や公共施設・車両内装・衣類など様々なテキスタイルの分野で、皆さん、良い仕事を・・・頑張って欲しい。

 孫の作品名は【透き間】作品の説明には・・・「プライバシーに敏感になった今の社会では、個人のスペースは閉鎖的なものになる傾向にある。故に、より広く光を感じる、風通しの良い、心地よさを公共の場では求められるのではないかと思う・・・以下省略。そういう想いで作ったらしい

 歌舞伎座へ。

二日目。

折角の上京の機会に歌舞伎観ない!なんて出来ないととろサン、ご隠居のヘルペスのこともあり、昼の部にはあまり食指が動かなかったので、今回は【夜の部】のみ。

 

 

   (歌舞伎座と木挽き広場入り口)

 歌舞伎座上階のギャラリーには、今月の演し物【白波五人男】稲瀬川勢ぞろいの場の人形。

お弁当は私ごひいきの【辨松】のお赤飯と煮物。煮物の味がよく、歌舞伎座に行くと必ずこの店(歌舞伎座道挟んで向かい側)で一度は買う。

・盛綱陣屋・・・仁左衛門、雀右衛門、秀太郎、孝太郎、左團次、勘太郎、寺島 眞秀 他

        仁左衛門さんの盛綱はいいなあ!おチビちゃんの勘太郎くんが親は舞台に出ていないのに、小四郎と言う台詞も多く、非常に難しい役を見事に演じていた。

役者の子は役者!お父さんの勘九郎君にしっかり鍛えられているし、18代目勘三郎さんの遺伝子をしっかりと受け継いでいるようだ。

寺嶋しのぶさんの坊や眞秀くんも元気で頑張っていた。親から子へ子から孫へ、400年続いた江戸時代の芸能【歌舞伎】はこうして受け継がれていく。能や茶道のように、時の権威者の大いなる援助もなしに、庶民の中から生まれた雑草のような芸能、歌舞伎。だからこそ面白いと言えよう。

・雷船頭・・・・幸四郎、鷹之資 幸四郎さんは爽やか二枚目ぶり。鷹之資君は、親の富十郎さんが亡くなって、バックアップがなくなり、どうしているかなと案じていたが、やはり踊りは見事。幸四郎さんもそういえば踊りの家元サン。天から落ちてきた雷といなせな船頭の、ユーモラスで粋な踊りが楽しかった。

・白浪五人男・・弁天小僧菊之助&南郷力丸を【幸四郎&猿之助】が「日替わり」で演じている。

私が観たのは、菊之助を猿之助が、南郷力丸を幸四郎が演じた日だった。理屈抜きに楽しめる演目で、会場も沸いていた。猿之助の弁天、お定まりの利かせ文句「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が・・・」黙阿弥の七五調の台詞も切れがよく、気持ちよい芝居見物の宵だった。

いずれもう一つのブログ【歌舞伎観たまま想うまま】に詳細な観劇感想はUPするつもり。歌舞伎に興味ある方はどうぞ(笑)

 孫達の成長ぶりを目にした喜びや、今春から家を離れて社会人となる姉孫にエールを送り、皆で祝宴めいた食事を楽しんだ三泊四日は、あっという間に過ぎた。次回はもう少しゆっくりと思うものの、さて体力などがついてくるのだろうか?

 今回は往路・復路とも富士山は霞の彼方。見ることかなわず・・・・残念だったが。やはり空気の澄んだ2月ごろまでが、くっきり見えるのだろう。 

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久しぶりに聴いた筑前琵琶演奏と【大宰府と博多】講演のひととき。

2019-03-17 16:50:58 | 日々の中で

3月16日博多大博通りクラブ主催【第20回博多の歴史と文化を学ぶ講演会】が催された。100名募集の予定が申し込み多く、130名。それ以上はお断りしましたと主催者。こういう講演会に沢山の人が集まるのは、嬉しいことだ。会場は博多小学校。

【刈萱物語】(かるかやものがたり)筑前琵琶演奏  寺田蝶美さん。

【大宰府と博多】ーなぜ博多は日本初の国際都市になったかー 森 弘子さん。

筑前琵琶は祖母の妹だったかが、趣味で習っていて子供の頃は聴く機会もあったが、以来いつだったかな、博多の芸能の会みたいな催しで聴いた程度だったので、懐かしくもあり、重厚で華麗な演奏に聴き惚れた。題材は石堂丸伝説の「刈萱物語」石戸丸親子の悲しい物語は世に知られていますが、その出身は大宰府ということは、知られておらず、太宰府の依頼で蝶美さんが作詞作曲されたという。

琵琶の種類【楽琵琶・盲僧琵琶・平家琵琶・薩摩琵琶・博多琵琶(筑前)琵琶】や歴史を簡単にと話されたが、私は初めて知ったことで興味深かった。

・森弘子さんの話は、大宰府と博多の深い縁の関わりを「真鍋歴史を宗湛の~」「筑前琵琶演奏に寄せて~刈萱物語前夜、琵琶のルーツ。」「大宰府への道(街道)」「博多という地名」「遠の朝廷、大宰府」「鴻臚館」「博多唐房」「平氏と大宰府・博多」「幻の港――袖の港」・・・・福岡県文化財保護審査委員であり、郷土歴史家であり、大宰府や博多や宝満山・四王寺山などに限らず日本の山岳信仰の研究でも著名な人だけに、講演の内容は充実しており、博多弁なども入れての解り易い話し方で、耳を傾けるに充分。もっと時間が欲しかったなと思った。限られた時間というのが惜しい。二度に分けての講演でも良かったなと思った次第である。同行した友人は「誘ってくれてよかった」と喜んでくれた。

帰りにこんなチラシもいただいた。3月24日(日)宝満山の麓【竈門神社】で。興味とお時間のある方はどうぞお出かけ下さい。

終ってのお茶タイムは、アジア美術館7Fの広場で。広々として誰でもが利用できる。本に囲まれ、コーヒータイム。お気に入りの安らぎの空間である。市立だから~割安なお値段で珈琲やピザトーストやマフインが楽しめる。

風は冷たかったが、春の空も陽ざしも柔らかく、久々に心地よい時間を過ごしたなあと満足な気分だった。

  

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パソコンが使用できなかった理由(わけ)は・・・苦笑するしかありません。

2019-03-11 16:29:17 | 日々の中で

3月も半ば近く、町内を散歩するだけでいろんな花木に巡り合う季節となった。白木蓮・椿・ミモザ・桃などなど。足元には可愛い「ブルースター(私が名付けた)」イヌフグリでは何だか可哀そう、が一面に。確実に季節は春に!輝く芽吹きの時ではあるが【春愁秋思】という言葉もある。春には春の愁いが寄り添うものだ。

 

先日のこと、突然パソコンが!ネットに入れない。なんだか怪しげな文言のページが出てくるだけ。ブロバイダー(CSF,ケーブルステーション福岡)の支店が近くにあるので、早速ご隠居が持参して調べてもらうことにした。そこではちゃんと繋がるようだが、「調べますから」と預けた。数日後受け取りに。私も一緒に。ほんとだ。ちゃんとちゃんと普通に使える「重くなっているので点検しておきましたから】とのこと。

だが、我が家に持ち帰るとやっぱり駄目。もう一度電話。見に来てもらうことに。

あはは、一分で回線復活。インターネットOK。原因は・・・ご隠居がTVの後ろなどを掃除した時に、回線を外し、入れ直す時に違ったところにつなぎ、後でつなぎ替えたたけど・・・その時はすでに、ストップ状態になっていたのだった

解ればなんてことない、至って単純なミス。点検してくれた人「おかしい時はすぐに電話下さい」多分アチコチ触ったりしないで…という含みなんでしょうね。元メーカー勤務で電気関係には強いご隠居も、ネット関係は別なんでしょうね。苦笑いするしかないようでした。それにしても、TVの横に6つの機械!後ろには沢山の線が入り乱れている。私など何がどうなっているのか、皆目分かりません。

ネット音信不通?で「病気では?」などご心配頂いたネット仲間の方々、申し訳ありませんでした。

11日は大震災から8年目。復旧は着々とと政府関係者はおっしゃるが・・・まだまだ仮住まいの方達、切ない想いや、将来を憂いている方達の気持ちをしっかりと受け止めて欲しい。この8年貧者の一灯しか出来ない私達だったが。

 

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