ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

ささやかな楽しみのひととき。

2019-04-17 16:29:23 | 映画・観劇・コンサートなど

 

春爛漫の一日。久しぶりに博多へ。中洲のあたりは、色とりどりのチューリップの花壇と満開の桜。

天神でランチ(手巻き寿司・瓦蕎麦・揚げ出し豆腐・茶碗蒸しなど)して(お気に入りの店、石蔵)目的は【中洲ニュー大洋映画館】(福博の街で唯一私の若い頃から、残っているレトロな映画館)へ。

 三枚一組のお得チケット。

 今回は。

野田版【桜の森の満開の下】幸四郎・勘九郎・七之助ほか。

原作は坂口安吾。野田秀樹演出。新作歌舞伎。「桜の樹の下には死体が」とか満開の桜の森は美しさとともに、妖気が漂うと言われる。そんなある種不気味で、人を引き付ける雰囲気を持った満開の桜の森・・・。坂口安吾の小説は善なる人間の中に棲む悪のようなものを寓話的に描いていたり、なかなか難しい。三人のいわくありげな仏師と大仏開眼までの物語は波乱万丈。七之助の夜長姫は、無邪気な顔で残酷なことを好む。幸四郎の皇子は胸に謀反を抱いて。勘九郎は未熟で素朴な彫り師・・・衣装はひびきこずえ(「あらしのよるに」の狼と羊の衣装も、劇団新幹線や様々な舞台や俳優の衣装を手掛ける異才の女性)正直う~ん、解り辛いなと思いながらも、斬新な舞台装置や衣装や若い役者たちの面白さを楽しんだ。勘九郎熱演、七之助は見事に無邪気なのに…怖~~い夜長姫を演じていた。若い巳之助くん良かったなあ。中村志のぶサンは可憐な役柄が多いのに、今回はまあ凄いメーキャップでパンチのある役柄。でもきっと本人楽しかっただろう。

いつも思うが、こういうもハードな舞台を昼一ヶ月近く続ける役者サン達の体力、凄いなと。台詞も膨大だし。

江戸時代から400年余の歳月の中で、今も演じ続けられるいわゆる「古典歌舞伎」(江戸の頃は新作なのだが)と現代試みられている新作歌舞伎、古いものを演じ、新しいものにチャレンジしながら、歌・舞・技は続いて行く。残るものは自然と残り、消えていくものも多い。

今の時代につくられたお芝居のうち、どれが後世まで残るのだろうと思いながら、「今の歌舞伎」を味わうもよしである。個人的には私はやっぱり「古典歌舞伎」が好きだなと思うのだが。【ワンピース】やこの「桜の森の森・・・】が古典歌舞伎への入り口となって欲しいとも願う。

同行のYさんは、幸四郎贔屓、公家姿がよく似合う高麗屋にまたまた魅せられたようだった。ご隠居さんは?途中寝てたなあ(笑)

野田秀樹さんは才能あるひとだが、凡人の私には、時として??と思う舞台もある。私はやっぱり【古典歌舞伎】ストレートな舞台が好きなんだなあと改めて思った。

映画の後は「シャポー」(アクロスホールでのコンサートの後などもこの喫茶店。ここも昔からの店である)コーヒータイム。ついケーキも・・・これが問題なんだなと解っているけど、今更ダイエットでもない、食べたいものは食べるべし。我が家の教訓に従って美味しくスイーツ頂きました(笑)

どんどん変わっていく天神や中洲。でもニュー大洋やシャポーなど、古くからの馴染みの処に立ち寄ると、ほっとする。親代々、そして私も結婚するまで暮らした街、青春の想い出。セピア色の想い出が一瞬鮮やかな色彩で蘇る街である。 

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桜は葉桜に、初夏のような陽ざし眩しく。

2019-04-11 16:30:24 | 日々の中で

 御笠川沿い、保育園の子供達。

 昨年4月訪れた京都の満開の桜からもう一年。だんだん月日の経つのが早くなるように思えるのは、やはりトシとったせいかもしれない。「もう、桜の季節だぁ」と、今年は近場の御笠川沿いや都府楼史跡・四王寺山ふもとの春の森公園などで、咲き匂う桜花や萌え始めた柔らかい新緑の美しさを楽しんだ。見上げれば桜・新緑、足元にはレンゲの群生など・・・・眩しいような光は、もう初夏のようだった。南北に細長い日本列島、桜前線は暫く続き、人それぞれに儚い薄桃色の桜花を眺めながら、様々な想いの時を過ごすのだろう。

 都府楼史跡の桜の下には花見の人達。

観世音寺には大好きなレンゲの群生、春を告げるシジミ蝶も(ご隠居撮影)

 

 

 奇麗な三角形のメタセコイヤにも緑の芽吹きが。桜のピンクと若い黄緑の新緑コントラストが美しくて嬉しい。

ひらひらと花びら舞い散る桜の樹下でお握り食べて、ゆったりと桜や新緑眺めながら、来し方想い、新元号【令和】寿いだ桜日和だった。

ご隠居や私の両親は、明治・大正・昭和と三代生きて~凄いなと思っていたが、私達も昭和・平成・令和と三代にかけての人生だと思うと、何やら感慨深いものがある。ささやかなだけど、豊かな気分の桜見だった。こんな気分の・・・・。

     ・さまざまの こと思ひ出す 桜かな   

    ・初桜 折しも今日は よき日なり    芭蕉

 

 

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新元号 決まる。

2019-04-01 15:28:01 | 日々の中で

4月1日

  弥生から卯月へ変わった今日 4月1日。新しい元号が発表された。

令和(れいわ)

  出典は、日本最古の和歌集 万葉集巻5.梅花の歌三十二首 あはせて序。

天平二年の正月の十三日に、帥老(そちのおきな)の宅(いへ)にあつまりて、宴会を申ぶ(のぶ)

時に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和らぐ。 梅は鏡前(けいぜん)の粉を披(ひら)く、 蘭は珮後(はいご)の香を薫(くゆ)らす】

 ・令月とはめでたい月の意味。令とはめでたい、佳き事の意味あり。

 ・珮(はい)とは装飾品の一つ。腰帯とそれにつりさげた玉ぎよく・金属器などの総称。

 新春のよき月、気候は快く、風はやわらいで、梅は鏡の前のおしろいのように、白く咲いている。蘭の花は珮後(はいご)の佳き香りを漂わせている。(万葉の時代の梅の花は白が主。紅梅が日本に入って来たのは平安の頃ともいわれる)

・梅花の宴とは、大宰帥であり万葉の歌人でもある大伴旅人の役宅で、催された初春の宴。だからここ太宰府のことです!(当時は大宰府)

総体的な意味合いとしては。TVによると。

人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。 梅の花のように、日本人が明日への希望を咲かせる国でありますように。との願いを込めて新年号として採択されたようです。


個人的感想。なんておこがましくはあるけれど。 

  日本国の新しい元号らしく、なかなかいいなと、嬉しく受け止めた。私達は【昭和:平成:令和】三代を体験するのだなと少し面はゆく感慨深い。新しい令和の時代・・ 希望は高く美しく掲げるものではあるけど、現実の今の世相・政治・自然災害など、不安材料が多くて、果たしてこんな風な国造りが出来るのだろうか・・・なんて思っちゃいけないな。そう心がけ、願うことだ。

和は平和・和やか、そんな大事なことを表し、令は佳きことを叶える、平和、優しさ、思いやりなどを、日本人はもう一度立ち止まって考える時なのだろう。

日本の古典から新しい元号を選んだというのは、年号設定以来初めてのことだという。しっかりとした良い意味での、日本という母国を大事に誇りに思える国民でありたい、国の指導者は方向を間違えないで欲しいものだ。

 新元号が発表されて後、福岡県知事と県会議員の、不在者投票に行ったら、市役所の駐車場は列ができてい。皆さん、やっぱり発表を待って投票にいらっしゃったようだ。

  

 太宰府政庁跡。

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