ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

新聞記事から

2007-04-26 11:19:26 | 日々の中で

中国『国鳥』制定騒動?

 庭の軒端のウインドチャイムが風に鳴る。優しい音が明るい陽光とともに部屋に流れこむ。間もなく五月、窓から眺める小さな神社の杜の若緑も庭や塀越しのおとなりの樹木も、柔らかな芽吹きの時節、何という美しい緑の輝きだろう。緑には、さまざまな色合いがあることに毎年この時期、改めて気付く。芽吹きのとき、それは生命の輝きにも似て眩しく美しい。(庭のチゴユリ)

 面白い記事が目に付いた。中国政府が『国鳥』を定めようと、インターネットで人気投票を行ったとのこと。結果は『丹頂鶴』がトップだったそうだ。ところが丹頂鶴の日本名の学名は、ラテン語で『グルス・ヤポシネス(日本の鶴)』英語でも『ジャパニズ・クレイン(日本の鶴)』とのこと。

 政府は『日本』・・・の付く鳥を国鳥には出来ないと、投票では殆ど人気のなかった「オシドリ」に"鶴の一声”で決めたそうだ。鴛鴦(オシドリ)は、常に夫婦仲良く行動し、縁起が良い。鶴のように絶滅する恐れもない(鶴は、「国際自然保護連合」から、絶滅の危険が高い種に指定されている)(画像はネットからお借りしました)

中国の詩人白楽天の有名な詩『長恨歌』(玄宗皇帝と楊貴妃の愛と別離の悲しみを詠ったもの)の中にも、超の字がつく程有名な詩句『地にありては連理の枝となり、天にありては比翼の鳥とならん~』とあるし、『鴛鴦の契り』という言葉は、オシドリのように死が二人を分かつまで・・・仲良く添い遂げようということだ。余り美しいとはいえないメスに、きらびやかな美形のオスがぴったり寄り添って、池の面をす~いす~いと泳ぐ姿をよく見かける。(生物の世界では、人間を除いては、殆どオスの方が美しい。特に鳥の世界では。求愛のため、メスの愛を勝ち取るためというけど)

確かにオシドリ(鴛鴦)は繁殖期から卵を抱くまでは仲良く寄り添って行動するが、それが終わるとオスは別のメスに求愛したりすることもあるそうだ。あらら、人間世界と余り変わらないなあ。ちなみに・・・日本の国鳥は確か、♪桃太郎さん・・・に登場する雉だったと思う。

さて、中国の人たち、オシドリで納得したのかな。でも素敵な水鳥サンだよね。

(ここで夫サン登場。横から発言)『もともと人間だって、オスの方が綺麗だったんだ。男性の目線と褒め言葉が女性を磨き上げて、いつの間にか女性の方が綺麗なったんだよ・・・・あはは、これ、男の負け惜しみかな』と。 皆さん、いかが?思われますかぁ。

ととろサンのつぶやき”アタシ、夫サンから褒め言葉、聞いたかなあ?聞いたらもっと美人になっていたかも。女房は"女性”の範疇じゃないんだな。おしまい。

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お江戸三座めぐり(2)

2007-04-24 23:15:54 | 映画・観劇・コンサートなど

   ミュージカル『OKUNI・阿 国』  新橋演舞場        07・3・29 

 ”木の実なな”の舞台は(細川俊之との『ショーガール』など)はてみたい!と思いながら、機会がなかったので、チャンスとばかり千穐楽のチケットを手に入れた。

出雲の阿国』が京都の四条河原で"念仏踊り”を踊り、人気を博したのは、丁度徳川家康が征夷大将軍の座についた年のことであった。400年余り昔のことである。これが現在の『歌舞伎』の始まりといわれている。

その出雲阿国を主人公に、作家の皆川博子が書いた『二人阿国』を原作として、鈴木聡が脚本を書き、栗山民也が演出、主演が木の実なな~~ということで、観たいなと思っていた舞台。初演は平成二年。その再演である。

他に池端慎之介(ピーター)・上条恒彦・東京シャンシャインボーイズの深沢敦・中嶋しゅうさんら個性派スター達。

歌舞伎の語源は『傾く(かぶく)』・・・意表をつくような衣装などに身をやつす・・・から来たものとされる。時代を先取りし、庶民のエネルギーや憤りを"傾く”ことで発散させたともいえる、その大胆で意匠を凝らしたスタイルや踊りなどが、当時の庶民を熱狂させたという。

 旅芸人阿国一座の発散するエネルギー、乞食のかしらから遊女屋へと成り上がり、阿国より若い娘を育て上げて二代目阿国と名乗らせ、阿国を追い落とす三郎左衛門、遊興にふけりながらも、心は幕府に歯向かい戦乱の世を求める美貌の少将との破局に向かう激しい恋。阿国の回りのさまざまな人間模様を描き出していく。ダイナミックな踊りや弾みのある台詞、音楽、そして群集・・・。木の実ななは初演から17年経ったとは思えない、激しいダンス・歌。驚くほどだ。この人もう50代、病気を乗り越えての再演とのことだった。まことにエネルギッシュな舞台の中で、池端の少将が静かで冷ややかで、その対照的な組み合わせが面白い。

私の思い描く阿国とは、ちょっと違うエネルギッシュで自由な魂、生き方を求める激しい女がそこにいた。登場人物の衣装の面白さ、音楽は初演からの"上々颱風”。ロックのようなサンバのような奔放な感じの音楽が、舞台を盛り上げる。喝采の日々を奪われ、蹴落とされ、恋を失い・・・それでも『私は踊る、私の踊るところが都になるんだ』と駆け出す阿国。カルメンやジプシーの女を髣髴とさせる阿国であった。私の思う阿国とは違うな・・・とやはり思う。それはそれとして、17年前に初演されたとは思えない斬新さで楽しませてくれた。グッドな舞台だった。 

出雲の阿国という一人の女性が存在したからこそ、400年もの時が流れた今も、『歌舞伎』は日本の誇る伝統芸能として、世界文化遺産にも登録される存在となったのだ~と改めて思いながら、元気に素晴らしい舞台を見せてくれた木の実ななという熟年のスターに、惜しみない拍手を贈った。千穐楽ということもあってか、カーテンコールでも拍手は鳴り止まず、何度も何度も彼女は舞台に戻ってきた。役者冥利に尽きる一瞬だろう、目に光るものを見たと思ったのは私だけだっただろうか。良い舞台だった。なんだか、元気を貰ったような気がした。木の実ななサン、"佳い女だねえ”五十代って・・・本物の熟女って年代なんだな。

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♪この樹何の木、気になる樹木♪

2007-04-22 22:21:55 | 日々の中で

 2007・4・22(日)庭の牡丹が開いた。

 今日は選挙日。早朝雨の中投票を済ませた。まだ・・・判定は出ない。ただいま2 2時丁度である。

楽しいTV番組に出会った。今夜の『ダーウィンが来た』(NHK)である。札幌の市街地にある中学校の校庭のど真ん中に、一本の大きな樹木が聳えている。ハルニレの樹、樹齢300年だそうだ。この樹木に可愛い動物が4年ほど前から住み着いている。その動物は、くるくる黒目の大きなモモンガ。木のうろの中に住み、夜ともなれば一気に50メートルもの距離を、羽を広げたような形ですい~と跳ぶ。その様子などを根気よく取材した番組である。(ネットより拝借)

主人公は勿論そのハルニレの大木出演者?はまことに愛くるしいモモンガの”ももちゃん”(メスだったのでそう命名)、そして何ともう一匹、やはり校庭の金網の周りにある木に住む光太クン(その木は道路のすぐ傍にあり、夜ともなると、このモモンガ君は木のうろの洞穴から顔を出して、自動車のライトのまぶしい帯を眺めているのだ。光が好きだから"光太”。

他に・・・やはり木のうろに、なんと!(また使いたくなった)カルガモがいた。それも親一匹に子供が十数匹。この木のうろで卵から孵ったのだ。ある日、親のカルガモが木から飛び降り、真似て小さな小さなカルガモちゃんたちも、恐る恐る飛び降りた。

さあ、カルガモさんのお通りだい!親ガモを先頭にちびのカルガモちゃんたちの行列。校庭の横の道を通って池に行こうとしているのだが。まず、障害物のフェンスにぶつかった。親かもは、飛んできたので、フェンスを障害物と思わずに済んだのだが、ちびカルガモちゃんたちは跳べる筈もなく・・・警官の出番。女性警察官に見守られて、自動車道へ。車一時ストップ。「そこのけ そこのけ かるがもチャンのお通りだい」無事に池に着きました。なんてシーンもあり、また、モモンガのももちゃん光太クンが恋をして。だがもう一匹恋敵が現れ、男同士の闘いもあり。が、ついに、逃げ回っていたももちゃんのお家に、光太クンが巣作りの材料(木の皮など)を運び込んで、めでたく恋は成就。その夜、光太はももちゃんの家から出てきませんでした。とのナレーションが楽しい。(それまでは忍び込んでは追い出されていましたから)次の季節には、この学校にあるハルニレの樹木から、可愛い赤ちゃんが顔をだすことでしょう。とにかく・・モモンガの可愛らしさに魅了されてしまった、ととろサンでした。

もともと、この木のあったあたりは森林だったらしい。開発されて市街地となり、まだ公園などに樹木のない頃は、モモンガも現れなかったが、緑が増えて2年前森の方からやってきて住み着いたらしい。先生も子供達もモモンガが生息していることを知らず、取材の段階で初めて見た子供達の表情が素晴らしい。実に嬉しそうである

運動場の真ん中にあるこの樹木は、サッカーや野球の試合などには、困った存在なのだが、卒業生にとって思い出に残こる樹木であるという。伐採せずに残すことを決めたのは初代の校長先生だった。立派な選択だったなと思う。自然のもたらすもの・・・この中学校の一本の木に、その答えを見た思いがした。地球を大切にするということは・・・難しく考えなくても、大きな行動をおこさなくても、小さなことからでも・・・出来ることなのだと。

♪この木何の木、気になる木・・・ってコマソンがあったのを思い出す。楽しい番組だった。 この番組の取材裏話アドレス   http://www.nhk.or.jp/darwin/report/report029.html

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やっとゲットしたチケット

2007-04-22 22:18:04 | 映画・観劇・コンサートなど

蓮絲恋慕曼荼羅(はすのいと れんぼまんだら)』国立小劇場 07・3・23

 

 

国立劇場の前の【利休梅】

国立劇場創立40周年記念公演の一環として、新作歌舞伎脚本の募集があり、その入選作の一つが玉三郎の演出・主演、競演は段治郎はじめ猿之助一門ということで、話題を呼んだ。(ポスター右側
国立小劇場席数590席(歌舞伎座は約2000席)と少なく、(日頃は文楽の公演が多い)加えて、玉三郎と若い人たちに人気の猿之助一門との競演とあって、発売当日電話機握って・・・やっと一枚確保したのは、もう夕方近かった。勘三郎襲名披露以来のチケット・ゲット合戦であった。

作者は森山治男という方。昭和13年生というから、かなりの年齢であるが、リタイアしたら、好きな歌舞伎の脚本を書きたいといの夢を実現させたという。若い頃に芝居見たさに東京で仕事をし、その合間に時間と経済の許す限り、色々な劇場を巡り歩いたという経歴の持ち主。私も演劇大好き人間だから、その気持ちは大いに理解できる。私の場合は、やはり結婚によって生じる転勤などの事情から、かなり長い間観劇から遠ざかっていた。娘達を連れての子供劇場通いしか出来なかった時代もあった。

今夫のリタイアとともに、同じ嗜好を持つ者、そういう意味では似たもの同士だから、一緒に観劇を楽しむことが多くなった。余生・・・よきものかな・・・である。

  さて、このお芝居は、中将姫伝説に名高い中将姫を主人公として書かれたものである。(奈良の『當麻寺』にそのお墓も芝居の題名となった『曼荼羅』も祭ってあるそうだ。

舞台はシンプル。パネルと照明で柔らかなムードをかもし出す。大道具・小道具も殆ど使わず、玉三郎サンらしい、其の侭踊りの舞台となってもいいような、洒落たまことに優雅なしつらえの舞台であった。照明の変化が上手く使われていた。

あらすじ

天平時代の奈良、右大臣藤原豊成夫婦は子宝に恵まれず願(がん)をかけて、初瀬姫を授かるが、妻の紫の前は初瀬7歳の時に逝去。豊成の子豊寿丸を産んでいた照夜の前()が後妻に入るが、聡明で美しい初瀬(玉三郎)を、義母の照夜は疎ましく思い、義弟は、憧憬のまなざしでみつめ恋い慕う。その義弟豊寿丸(段治郎)の恋慕というよりも、深い憧れの情が激しく燃えさかる余りに、道を諭す義姉に狼藉を働こうとした豊寿丸はその場を見つかり、自分の衣を引き裂いて、『義姉が道ならぬ恋を仕掛けた』と義母に告げる。義母の初瀬に対する折檻、右大臣への讒言。初瀬をかばう乳母夫婦の言葉も聞き入れられず、初瀬は追放となり、義母は密かに初瀬がいるばかりにわが子豊豊丸が、縁談にも耳を貸さず、道ならぬ恋に身を焦がす・・・と密かに初瀬の殺害を謀るが・・・

2歳年下の異母弟の道ならぬ恋心のために、人が死に最後には、姉初瀬の身代わりとなった豊寿丸が母の刃の下に倒れるという悲劇に発展してしまう。人間の心の危うさ、ひたぶるに哀しい恋情はいじらしくさえ思える。初瀬は自分の背負った前世からの罪業だと、髪を下ろして尼となることを決心する。その初瀬を寺へ案内する少年は、亡き豊寿丸に瓜二つの、明るい爽やかで屈託のない少年だった。初瀬はこの少年の姿に、義弟の豊寿丸も、本当はこういう少年であった筈だったのに~~と安堵の心を感じて、寺への道を急ぐのだった。(勿論中将姫の話には、こんなストーリーはありません。念のため)なかなかに興味深い舞台であった。

 玉三郎の初瀬は、やはり優雅で清清しく美しかった。。三島由紀夫に『百年に一人の女形』といわしめ、外国でもその演技と美しさへの評判の高い当代随一の女形の役者も、五十代半ばを越えた。『鷺娘』はじめ”玉三郎ワールド”の余韻に酔ったこともしばしばだが、役者盛り・・・とされる五十台・・・それを越えて、彼はどんな方向へ進むのだろうか。非常に興味のあるところであり、この劇の初瀬の役柄に、今の玉三郎の心境のようなものが伺えるような気がした。

ひたむきな愛がひたすら純粋に狂気の如く燃え上がる、その心根はいじらしくも怖くもあった。この哀しい愛が母の心を悪へと狂わせ、自らの死へと転がり落ちていく。そういう罪業の全てを一手に引き受けて、世を捨て己をも捨てることで、生きる明るさを取り戻す姫・・・余りに初瀬が清清しくて、玉三郎の妖しいちょっと二面性のある役柄(桜姫東文章など)に惹かれる私には、ちょっと・・・で、最初の五十代半ばになった彼の心境を考えてしまったのでアリマシタ。

右近扮する義母照夜の前はまことに達者。この人ぐんぐん芸域を広げているような気がする。春猿の亡き母が観音菩薩のような幻となって、現れるのだが、なかなかに存在感と美貌があいまって、時々さんまなどのお笑い番組で見せるおかしみとは、およそかけ離れた役者ならではの見事な変身である。

 新作歌舞伎、天平時代を舞台のいわば口語でのお芝居だが、猿之助一門の人たちは、台詞が達者である。歌舞伎調ではない芝居の場合、せりふが気になることも多いのだが(2月博多座『落窪物語・・・海老蔵・菊之助ほか』も、ちょっと気になった)、春猿・笑三郎・猿弥・段治郎など、みな台詞によどみがなく、深い。『猿之助歌舞伎』(う~~ん、実は余り好きではないのだが)で鍛えられた結果かもしれない。

新作物を上手くこなせる半面、時代物・浄瑠璃物など古来からの歌舞伎というものに関しては、いささか危ういところがある彼らであるが、俳優養成学校出身を人たちの実力を認め、立派に一流の役者として育て上げた、市川猿之助という人の偉大さには脱帽である。一日も早く、舞台への復帰と祈りたい。猿之助が病気で一線を退いて以来、玉三郎さんが古典物なども指導、ともに舞台に立つことが多い。船長を失った猿之助一門の役者さん達の、これから進むべき道は?玉三郎さんがしっかりバックアップしてくれてはいるけど・・・因習世襲制度の中での彼らの活躍の場は?一層頑張って欲しい。

★歌舞伎の世界はまだまだ因習の世界、世襲制度が歴然と残り、不思議にその中で育つ梨園の御曹司たちは・・・いつのまにか立派に育っていく。これは一体なんだろう?と思うことが多い。たくまずして身につける芸の品格などというものは、練習や学ぶことではない"何か”なのだろうか。玉三郎さん出演の舞台は・・・カーテンコールが嬉しい。華やかで美しくて。いつだったか、『ブラボー!』という外国人の方の声がひときわ大きく響いたことなどもあった。

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これでおしまい、桜の話

2007-04-18 15:28:57 | 旅のつれづれ

  娘のところの近くに『のちめ不動』という小さな神社がある。約130年前(1864年)に作られた不動尊の神社である。ごくごく小さいが、きちんと掃除などもされていて、地元の人に大 切にされているお不動さんなのだろう

近くの大きな公園も桜の盛りだったが、例の如くビニールシートにバーベキューの煙と匂い。だが、この小さなお社には、人影もなく桜の大木が枝を伸ばし、時折風に花びらが舞って、よい風情だった。

 ひっそりと静かなたたずまい、新しいお洒落な若い街の一角に、昔ながらのお社と枝を伸ばす桜の樹木こういう風景もいいものだなあと思った。以前は農家も多かったらしく、まだ畑やビニールハウスもある。新旧渾然としているところが、魅力的に思える町である。

  ・・といえば、以前奈良と吉野山で"一生分の桜"に出会ったような春の旅をしたことがあった。室生寺の桜・長谷寺の楼閣から眺めた桜、訪ね歩いたそれぞれの古拙の桜・・・そして吉野山。吉野山の桜は、下千本・中千本・上千本・奥千本と言われる。下の方は少し葉桜・・・頂上まで桜・桜の中を辿った。奥はまだ蕾が。音もなく舞う花びらに身も心も巻き込まれてしまうような、危ういような心地さえ覚えたものだった。

歌舞伎には、沢山の桜が出てくる『義経千本桜』の中の『道行旅路の花婿』は桜と霞みたつ春の山を背景に、静御前と勘平の美男・美女の立ち姿や舞いが美しい。

『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべ さとのえいざめ)・・は、劇場内が真っ暗になり、その闇の中に杵(き)が入り(拍子木の音)、その音が小刻みから最後にちょ~んとひときわ高く響くと同時に、幕が開く。と、そこは江戸時代の華やかな遊郭吉原。真ん中には桜の花がさんざめくくるわの賑わいを背に美しい。闇から目の醒めるような鮮やかな色彩へ。客席にほっと感嘆のため息と歓声のざわめきがおこる。田舎から出てきて、吉原の華やかさと賑わいに、きょろきょろと目を奪われる佐野次郎左衛門(中村勘三郎吉右衛門がいい)、そこへ錫杖の音を響かせておいらん道中が。ひときわ美貌と才を誇る八ッ橋太夫の姿。

花道に立ち、舞台中央の次郎左衛門に、あるかなきかの嫣然とした微笑みを投げかける八ッ橋太夫。最高位の太夫は、美しさだけでなく音曲・書・和歌などの素養に優れていたという。その微笑に、身も心も惹きつけられてしまった次郎左衛門・・・ここから~~だんだん悲劇に向かって話が進んでいく。坂東玉三郎の八ッ橋のあでやかさ・・・私が見た時も、客席にザワ(ざあっと声なきどよめきのようなもの)が起こったものだ。亡き歌右衛門の八ッ橋も素晴らしいと聞く(私は観る機会がなかったが)。中村福助も良かった。市川亀治郎、尾上菊之助などが、八ッ橋を演じるようになる日が楽しみだナ。

『金閣寺』というお芝居では、画家雪村(せっそん、多分雪舟を模したものであろう)の娘雪姫が敵方に捕らえられ、桜の樹に縛られる。折から散り敷く桜の花びらを足の爪先で集めて鼠の絵を描く、その鼠が生きて動き出し、姫の縄目を解く~というまことに奇をてらったお話なのだが、薄紅色の桜の花びらとはかない運命の美しい姫、そして伝えられる画家雪舟の逸話を盛り込んでの筋立て(ストーリー)は、いかにも歌舞伎的な趣向で、面白いし、『積恋雪関扉(つもるこい、ゆきのせきのと)』という舞踊劇では、桜の古木に命が宿り、桜の精となって現れてくるというお話もある。

歌舞伎の舞台は音と色彩をバックに、役者の演じる人間模様が綾なしてドラマがすすんでいく。だから、桜の花は日本人の人情としてもそのシンボルとしても、歌舞伎の舞台でも非常に多く、ドラマチックに用いられている。

万葉の昔から多くの和歌に詠まれた『』といえば、それは『桜』のこと。桜の林に迷い込むと、美しさと同時になにやら妖しの世界に迷い込んだような気がするものだ。心が浮き立つと同時に怖いような・・・。

私の好きな『百人一首』の中から、幾つか『桜の和歌』を。

   ・人はいさ 心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に にほひける (紀貫之)

   ・高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ (大江?房)

   ・花の色は うつりにけりないたづらに 我が身世にふる ながめせし間に(小野小町)

    ・もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに知る人もなし  (源俊頼朝臣)

咲くもよし、散るもまた風情あり。桜はやはり、大和の国の心なるべし。おしまい

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