ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

暑すぎた五月が去る…六月はどんな月になるだろう?

2019-05-28 10:28:54 | 日々の中で

 

 瑞々しい濃淡様々な新緑の輝き、頬に心地よい爽やかな風、五月という季節は大好きなのだが、今年は極端に高温の日々が続いた。近所の方とも「今からこんなだと夏はどうなるのでしょう」と、眩しすぎる空を見上げながら、交わす言葉も天候のことが多かった。

 毎年五月には、小学校以来の友人夫妻と久住高原や湯布院高原に、初夏の山野草探訪と温泉を楽しみにドライブするのだが、彼女たちは夫婦とも昨年から体調がすぐれず、若い頃はスイスのヒマラヤ5,500Mあたりにテント張ったりするほどの本格的な【山屋夫婦】だったが、登山どころではなくなった。案じられるばかりである。ご隠居も股関節に人工骨を昨年入れたばかりで、調子は上々といっても、高原を歩き回るのはまだちょっと。私も少し体調不良で・・・あはは、トシには勝てないってことでしょうね。遠出はやめて近場で自然探訪することが多い。

 一昨日の早朝散歩は、極々近場の町内一巡り。40年ほど前、建売団地として売り出されたこの地区は、一区画が70~100坪。更地になると2軒の新築の家が出来るところもある。

   早朝散歩(町内の道端に咲く草花たち)

 

 


 このところ建築ラッシュが続き、僅か200世帯足らずの我が地区も、半分近くが新しい住人かも。ということは、私達が地域の世話をしていた頃の人達の半数は、もうこの団地内にはいらっしゃらず、知らない人たちが半数近く・・・ということだ。

今風の真四角な形の家が多く、古くからの住人の「塀があり、樹木に囲まれた和風の家」とは、趣が随分異なる。家の形にもその時代の流行があって、今はこんな形が流行りなんだろな。

  道端に咲く草花は、この猛暑にもめげず、季節の色を見せてくれる。そんな小さな花達に「おはよう」と言葉を掛け町内にある【石穴神社(娘達が小学生の頃は、子供会の夏休み行事で、このお稲荷さんの奥の院に置いた物を持ち帰るという『肝試し』なども企画、そのあとは花火大会など)に手を合わせて。

 今の石穴サンの奥の院へは、私も上らない。樹木が茂って古びた感じが空恐ろしい。40年の歳月はこういうところにも。そうそう、子供達との【平成夏休みおもしろ塾】では、地域ご年配の茶道に長じていらっしゃる方達の力を借りて、「子供茶道教室」も。今夏休み行事は、何が行われているのだろうか。 

 

(石穴神社はお稲荷さん。狛犬サンの代わりに、対のお狐さんが鎮座まします。日頃はし~んと静まり返った神社だが、「午の日」には赤い幟が沢山風にはためいて、信者さん達の姿も多くなる)

 昨秋から今年初夏にかけて、知人・友人・仲間達・先輩達の訃報もかなりあり、年齢的には仕方のないことと解ってはいるけど、自分の気持ちを静めることは難しかった。眩しすぎる陽光、気温の高さに【過暑】という漢字を当てた、新聞のコラムもあった。

 あと数日で【令和元年 六月】の声を聴く。五月は辛い嫌な事件もあったり、世相も自然も波乱の月だった。来るべき月は、どうぞ、穏やかであって欲しいと心より願うばかりである。

 

近所の大学の向こうに見える宝萬山(800M)の方から、曙色が広がり始めた。

 

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新元号【令和】の始まり、10連休の終わり。

2019-05-08 15:40:25 | 日々の中で

新しい元号【令和】が発表されて以来、大きな慶事に国中が舞い踊ったったような感じだった。

(長女が「国文学研究資料館」で働いているので、早速万葉集原本のコピーをメール添付して貰った)

太宰府は【令和】発祥、万葉集の梅花の宴が行われた、大友旅人の館跡が【坂本神社】あたり(推定)と報道され、超大型10連休とあいまって、小さなひっそりとした神社や梅花の宴のジオラマ(博多人形)のある太宰府館に、どっと、どっと人が押し寄せたようだ(TVで放映されるのを見ると)

我が家のあたりは例年通り、まことに静かな連休だったが。日本人の一般的な国民性は「飽きやすの好きやす」と言われる。さて、この騒動・・・いつまで続くことやら。

 

(画像は娘が写したもの)

 連休には、横浜在住の長女一家が帰省。初めてフェリーを往復使って。船は設備も食事も良くて満足したようだ。姉孫が運転免許を取ったので(今春から新社会人)運転実習も兼ねてだろう。

料理好きな娘や孫達に台所を明け渡し、外食以外は食料買い物から全てお任せ(材料費だけ私持ち)特に姉孫は社員寮なので、台所に飢えていたと大張り切り。女三人賑やかに楽しそう。娘も長女を手放し、妹孫も姉と会うのは久しぶり(と言っても、3月末に家を離れたのだから、一ヶ月程度ではあるが)と嬉しそう。婿も然り。

「一緒に久住へ」と部屋を予約してくれていたが、この大連休、大渋滞の時に行くのはちょっと・・・と予約取り消して私達はのんびり留守番。娘一家は途中阿蘇や阿蘇神社に立ち寄って、久住高原の温泉へ。和食コースでなく焼肉コースや熊本での馬刺しなど楽しんだようだ。「この渋滞にもめげず、若いなあ」とご隠居と話したことだった。

 

(坂本神社参拝長蛇の列)       (天満宮も)娘の画像より。

折角太宰府に帰省したのだから~~と「これが噂の坂本神社」にも。(私達はまだまだ近寄らない)

 上皇ご夫妻には、心ならずも・・・というような、思うに任せないことも、密かに心を痛めても、口に出せず行動も出来ないことも多々あったことだろう。

【令和】という新しい時代を天皇ご夫妻に譲られたのは、いずれにしても喜ばしいこと、上皇ご夫妻には安らいだ日々を、好きなことを楽しみながらお過ごしいただきたいものだ。なあんて、私のような者が言うことではないのだが。

五月晴れのもと、新しい元号の【令和】はスタートした。願わくば安穏な日々が少しでも多いことを祈り、孫達が生き生きと若い世代らしく過ごしていくことを願いながら、眩しく輝く若葉の美しさに、目を細める初夏の季節である。

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