ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

ととろさんの旅にはオチがつきもので

2007-08-30 14:15:07 | 旅&温泉紀行

  (阿蘇大観峰からの眺望)

小さな夏の旅も終わりに近くなりました。阿蘇・中岳から大観望を経て家路へ。樹木の間から見える景観に別れを告げながら、南小国あたりまで来たとき、「あ!」素っ頓狂な声を上げたととろサン、「何がないんだ」夫さんと娘が同時に尋ねました。

ジーンズの後ろポケットに入れていた携帯が!ないのです!バックの中にない・・・「わあ、また、やっちゃった」
 どうしよう、住所録もスケジュールも、メモには、あれこれ大事なことも書いてるし・・・

阿蘇の中岳でトイレに入り、落としちゃいけないとおしりのポケットから出して(以前ポチャンとやっちゃったことがあるのです)物置台においたんでした。ここまではよかったんですが。帰るときはすっかり忘れて。娘が「バックの中に入れておけばいいのに」「だって~バックは車の中においてハンカチだけ持って」・・・

娘が中岳の休憩所に電話「え、落し物でありました?どんなのですか。待ち受け画面はどんな?・・・「オーラの泉の美輪明宏?」聞いていたととろさん、あわてて「違う!そんなのじゃないよ」・・・(でも、私のようなあわてものもいるんだなあ。ヨカッタ)

 とにかく引き返して、娘がトイレにすっ飛んで行きました。「ハイ、あったよ。電話した売店にも、お騒がせしましたって言ってきたからね。これからはバックの中にいつも入れておくのよ。なんでおしりのポケットなんかに入れるのよ」

・・・・ハイ、老いては子に従え・・・です。

 夫と娘、思い出さなくてもいいことを次々、思い出してくれました。「雲仙ではカメラ忘れたよね」「どこだっけ、時計忘れたのは?」「お土産忘れたのは?」「ブルゾンは?充電器は?本は?」もうやめて!自分ではしっかりしているつもりだけど・・・わたし、痴呆が早くやってくるかも。いや、Ing・・・なのかも知れないぞ。おお、怖わ!

追記(笑)「なんで美輪明宏の待ちうけ?」と不思議だったのですが、今流行っているんですって?待ち受けにしているだけで、幸せになれるって。あの手の番組苦手なので、”オーラの泉”も見たことはありませんが、、若き日「ヨイトマケの唄」を歌っていたころのリサイタルは、なかなかよかったとおもいます。黒尽くめのスリムなスタイルが良く似合って、シャンソン、上手だったなあ。

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帰路は阿蘇の中岳へ

2007-08-30 08:06:40 | 旅&温泉紀行

 南阿蘇・高森から阿蘇の中岳へ。中岳の火口が見たい~ちいちゃんの希望である。高森 でお昼を。

ここは【田楽】が有名なんだけど、この暑さの中で囲炉裏を囲むのはちょっと・・・(一度真夏に行って懲りた)高森からは、真正面に根子岳が迫り来るように見える。

昔ながらの【高森田楽】を食べさせるところは一軒しかなかった。田舎家でおじいさん夫婦が素朴な”粟飯”(時にとうもろこしが入ることもあった)や実だくさんの”だご汁(団子汁)。それにメーンの山女やこんにゃく・里芋・豆腐などをくしに刺して炉辺で焼き、味噌をつけて食べる”田楽”という献立。これが美味しくて、阿蘇方面に行くたびに立ち寄った。

 そのうち、歌手のさだ・まさしサンがこの田楽を気に入って、何度も来たらしい。それがきっかけなのか、だんだん有名になり、今では何軒もの【高森田楽】の店が出来、田楽村とのネーミングも。周りには小洒落たペンションが、可愛い家並みを連ねている。昔は山麓のひなびた村だったが、随分と開けた。開発:観光化は仕方のないことかもしれないが、”里山”の風情が日本からだんだん消えていくのは・・・理屈ではなく哀しいなあ。町から遊びにだけ来る者の、我侭な想いではあるが。

さて、ちいちゃん希望の【活火山・中岳火口】は・・・・風向きと噴煙量がの関係で、警戒注意報が出てしまった。近寄れないのに山頂に行っても仕方ない、どうしようか。係りのお姉さんが「30分くらいで解除になることもあります」と。待合室で適当に時間をつぶして~~。ところがである。30分たったら、益々ひどくなり【ロープウエイ】も止まってしまった。がっかりする”ちいちゃん”。(見ることのできなかった中岳火口、観光HPより拝借

  

「阿蘇は逃げていかないから」来年に期待しよう・・と美味しい阿蘇のソフトクリームやとうもろこし(これは・・・多分北海道産かも。最近は阿蘇付近の道端で見かけた焼きとうもろこし売りも姿を消し、生産も余りないとか。)を食べて【大観望】ここからのカルデラ一望の景色は素晴らしいが、何しろ暑い!汗みずくになり、そうそうに引き揚げた。 車が渋滞している!事故発生?いえいえ、【お牛様のお通りだい!】このあたりの道は、両側が広大な緑の牧草地帯。牛馬放し飼い。時として、馬や牛がゆったりと(特に牛が多い)自動車道を横切ったり、立ち止まって車の中を覗き込んだりする
ここでは【牛馬優先】がルール。ちゃんと立て札にも明記してある。だから、ドライバーはじっとお牛様が行過ぎるまで、車を止めて待つというわけだ。牛様の気分しだいで、渋滞時間も長くなったり。長閑でいかにも牧草地帯【草千里の阿蘇にふさわしい。

太宰府から阿蘇には、日帰りできるところだから、もうどれだけの回数足を運んだか知れないが、やはり世界一のカルデラ、その雄大さ、南国的ななだらかな優しさは魅力的だ。三度目のなんとやら、ちいちゃん、ゆうちゃん、次回はきっと火口に会えるからね。

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湧水トンネル公園

2007-08-29 05:28:35 | 旅&温泉紀行

久しぶりで爽やかな目覚めだった。窓の外はうっすらと朱色に染まり始めていた。朝露の草叢を踏んで、日の出を待つ。

 夜の帳を裂くように黄金色の光が地上に降りた。太陽が昇り始める。日の出は新しい希望をもたらし、日の入りは静かな切なさを感じさせる。古来から人々が太陽に手を合わせる気持ちを、私も感じながら、見渡す限りの草原が暁の光で満たされる中に佇んでいた

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急ぐ旅ではなし、目の前に広がる朝の久住高原と、うっすら雲を抱いた阿蘇の根子岳などの連なりを眺めながら、朝の温泉を楽しむ。孫たちは山の見える広い露天風呂がお気に入りである。今年の暑さは格別で、水辺が恋しい。

やまなみハイウエイを通って南阿蘇【高森湧水トンネル公園】へ向かうことにする。ところが、カーナビが古い道に誘導。九十九曲がりと呼ばれるくねくね道。小さなトンネルを幾つも抜けながら、かなり急なカーブを走る(と言っても、私が運転するわけではないのですがね)運転役の娘は、「いやあ、っ目的地不明で面白かった!」ナビは悪戯者なのか、時々とんでもない道などへ案内してくれる。

【高森湧水トンネル公園】
 昭和50年、旧国鉄が高森線と高千穂線を結ぶ為のトンネル工事をはじめたがしかし、途中地下水源を切断、大量の湧水のために(毎分32トン?)断念。市が買い取って公園としたもの。

  
 
 この湧水は高森市の水源として、市民の生活を潤しています。トンネルの前は湧水の流れ、冷たい水の中でしばし遊んで。子供って水辺が好きですね。★熊本市は【日本最大の地下水都市】、67万市民の水道水源がすべて地下水という、阿蘇山脈の恩恵をこうむっている都市である。深い大きな山脈からの湧き水は、本当に美味しくまろやかで、いつもポリタンクを車に常備。【ご自由にお持ち帰り下さい】というところで、いただいてくる。緑茶もコーヒーに最適。美味なるかな・・である。

見かけは何の変哲もない、古びたトンネル。中も同じく・・・。なのですが、気温は17度。菊池渓谷なみの涼しさ、トンネル内の真ん中を綺麗な水が常に流れています。【七夕祭りコンクール】の飾りがまだ撤去されておらず、暗いトンネル内に色を添えていました。

コンクールは地元の企業や学校・幼稚園・病院施設などを対象に行われたらしく、【アイデア賞】などには、楽しいユニークなものがありました。

面白いのは【ウオーター・パール】という水のマジック。ここではちいちゃん・ゆうちゃん(孫)の目が釘付けになりました。画像が悪いので見えにくいけど、水玉がすだれのようになって、静止したり、動いたり。水に特殊な音波を与え球体にし、ストロボの光の発行間隔の調整で、流れ出る水玉が下に落ちたり上にあがったり停止したりと不思議な動きをするのです。不思議な感じでした。子供たち大喜び。 トンネルの突き当たりは、湧水の吹き出し口。今は壁を固めて噴出する水の量を制限している。水神様が祭ってあった。 

                                                                「捕まえた!」お姉ちゃんのちいちゃんは、昆虫好き。外の水辺で小さな赤いトンボを。アキアカネとも違うようでしたが。上手に捕まえて、妹のゆうちゃんにも。仲良し姉妹はトンボとしばし遊んでいた。「じ~じに虫のこと、刷り込まれたのかなあ」ってちいちゃん。娘たちも幼い頃から山歩きの時に、夫さんから教えてもらって、すっかり【虫愛ずる姫】に育ちました。孫たちも大宰府に帰省の度に、その感化をしっかり受けています。 もちろん、赤いトンボは、高く晴れ上がった空へ、そっと放してました。 暑くても、自然界はもう秋の扉が開き始めているんですね。                                                                

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夏さなかの小さな旅

2007-08-26 22:34:35 | 旅&温泉紀行

透明な水、せせらぎの音【菊池渓谷】に涼を求めて

夏休みで帰省した孫、呼び名”ちいちゃん”が阿蘇の火口が見たい!という。昨年行ったのだが生憎の風向きで、河口付近立ち入り禁止。この火山付近の警戒注意報は、その日の風向きや噴煙の量などによって随時出されるので、行った時の状況次第なのだ。

再チャレンジ、ならば・・・【菊池渓谷】で遊んで→【阿蘇】→【久住】へ一泊二日の小さな旅(勿論温泉つきデス)というか、ドライブを楽しんだ
  
 ちょっと寄り道。

山鹿温泉・八千代座】へ。
ひょんなことから、子供歌舞伎に出演したことのある”ちいちゃん”を江戸時代そのままの【八千代座】見学に。顔見知りのSさんが芝居小屋の中を案内してくれる。幸いに劇場は休演中。町の通りも静かである。私たちだけで貸しきり状態の見学。桟敷席・奈落(地下)・楽屋など、Sさんの詳しい説明を聞きながら、ひとしきり楽しんだ。【すっぽん】や周り舞台の仕掛けに、ちいちゃん(姉)ゆうちゃん(妹)大喜びである。

菊池渓谷】は熊本県菊池市外の広葉樹林の中にあり、阿蘇外輪山北西部の標高500~800メートルに位置する広い渓谷で、深いところでは緑碧色に染まり、浅瀬では透き通った美しい水、、せせらぎをわたる風、小鳥の声。夏だけでなく、季節で変化する景色のさまも、また、よからずや・・である。

                             

    

 夏休みとあって涼を求めて、遊びに来ている人たちが大勢。外気35度なんて思えないほどに涼しく、樹林の小道をたどり、小さな滝のところへ。子供たちだけでなく若い人たちも、「わあ、冷たい!」と歓声を上げながら、渓谷の驚くほどに冷たい水の感触を楽しんでいた。まだまだ先はあるのだが、今日の行程上、ここで一遊びして阿蘇:菊池スカイライン(ミルキィウエィ)】を通り【やまなみ・ハイウエイ】へ。飛行機の中から【阿蘇の外輪山】が綺麗に見えたという孫たちに「その外輪山の上を走っているのよ」説明しながら。車窓に広がる一面の草原。空には銀色に輝く夏雲が沸く。見晴台から眺める景色は何処までも広々と、家も田畑も小さく小さくミニチュアのようだ。緑の田畑はモザイク模様、その上に雲が陰を作っていた。

  阿蘇には、夏がよく似合う。明るい陽ざし、空、雲、風、緑・・・心身ともに開放された気分。 

 夏の海も素晴らしいが、こういう緑の草原もいかにも”夏”という感じで・・・欲張りなととろサンではある。

あざみ台】に立ち寄る。ここでも暫く草原の景色とさやかな風を楽しんだ。売店のヒゴタイ吾亦紅が目に付いた。ワレモコウはあちこちでみかけるが、ヒゴタイは阿蘇や久住に咲く山野草である。まん丸な花の形が珍しい。

   

 あちこちでゆっくり遊んだので、【大観望】や【阿蘇・中岳】は明日にして・・・私達が良く使う【久住高原コテージ】へ。

 

ここは草原の中、オートキャンプ場もある。テントを張っている人たちもいる。なんという風のさわやかさ。部屋を出て草原の中で、ぼ~~として風の中にたたずんでいた。心地よい夏の高原のさわやかさ満喫。この宿には、何の飾り気もない露天風呂だが、目の前には広大な草原、向こうには阿蘇五岳が見渡せる、その眺めの良さと心地よい濁り湯がある。料金もほどほど・・なので、会員になって時々恩典に預かっている。和懐石が私たち夫婦には手ごろで美味なのだが、今回は娘たちや孫たちに合わせて、黒毛和牛焼肉コースに。

阿蘇五岳とは・・東から根子岳(1433m)、高岳(1592m)、中岳(1506m)、烏帽子岳(1377m)、杵島岳(1326m)と続く。これらを総称して阿蘇山と言うが、阿蘇という山そのものはない。この五岳の連なる姿は涅槃像(お釈迦様の寝姿)にたとえられる。優しい柔らかな曲線の山々である。現在活動している火山は【中岳

夜はひんやりとした空気の中で、星座を探す。山の宿の楽しみの一つ。星のきらめきや星座の形が、こんなに近いのだから。白鳥座、アンドロメダ、夏の大三角などなど、私は星座の物語やギリシャ神話は大好きだが、実際に空で星座を探すのは下手。孫や夫サンの指差す方を、一生懸命見るのだが、なかなか判らない。これって、老眼のせいではなさそうだ。空想の世界の物語の方が、好きなのかもしれない。

 星を見ていると~~遠く何処まで続くか計り知れない、宇宙があることを、そんな無限の世界のことを考えてしまう。人間って、地球って、宇宙って全てが不思議な存在として、とらえどころのないうような気分になる。そんな私の遥か彼方で・・・星が一つ流れた。

 明日、孫は念願の、阿蘇の火口を見ることができるかしら。

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ホウズキ・・・幼き日

2007-08-19 07:27:39 | 日々の中で

    

月15日、お盆が終わった。仏壇に供えたホウズキの鮮やかな朱色、一つちぎって中のまあるい赤い硬い実に指を当てた。優しく柔らかくほぐしていく。白い種が浮かんでくるのが見える。出来たホウズキを口に含むと、青臭い味がする。

 軽く歯をあてて・・・「あ、鳴った!」なんだか楽しくなって、いつまでもブイ、ブイとならして一人遊びしていたととろサンでした。ホウズキが幼い日のお盆を連れてきてくれた。子供の頃はお盆といえば、父が長男だったので、兄妹(おじおば)一家が我が家に集まるのも、お盆の恒例。子供達はただ嬉しくてはしゃいだものだ。ホウズキを従姉妹達と『誰が上手に破らないように作れるか』競ったものだ。

まくいけば、種がみんなはずれてしまって、するりと実の小さな口から抜くことが出来る。これがなかなか難しい。あとちょっとで・・・というところで、薄い皮が裂けたりしてしまう。  

鬼灯 酸漿とも書く。何故お盆にホウズキなんだろう?詳しいことは知らないが、鬼灯・・・と書くと、雰囲気として解るような気もするが、鬼・・・というのはねえ。どなたかご存知だったら、教えて欲しいな。

    鬼灯の 硬き袋の 紅深し    富安風生

富安風生は亡き父が好んだ俳人の一人。高浜虚子のホトトギス派の代表的な俳人。

父は名ある俳人ではない。が、生涯俳句に親しみ、太宰府ゆかりのやはり雑誌ホトトギスの同人である河野静雲の一門の端っこの一人だった。我が家で句会が催される時には、静雲師が法衣で出席なさったものだ。小学生の頃、その句会になんだか解らぬままに、何度か加えさせられた記憶がある。小学生の私の句が、俳誌『ホトトギス』の高浜虚子選に入り、父より上位に掲載された時などは、謹厳実直を絵に描いたような父が、いとも、嬉しげな表情をしたことを覚えている。父は私が俳句の道を辿ることを望んでいたようだが、不肖の娘は高校生になると、俳句の道から外れて、学校新聞つくりや映画・演劇・古典芸能などに熱を上げてしまった。父よ・・・寂しかったでしょうね。

     秋訪へば  秋の心に 観世音    河野 静雲

太宰府の名寺【観世音寺】にある、静雲師の句碑。昭和九年に俳誌【ホトトギス】の同人となり、俳誌【冬野】主宰。ホトトギス派、写生句の西の拠点となった仏心寺の住職。(今も【仏心寺】は大宰府にある) 柳川の出身なので、柳川にもいくつか句碑がある。

俳誌【ホトトギス】には何人かの随筆(エッセイ)が掲載されており、私には俳句より興味深かった。夏目漱石の【我輩は猫である】も、この雑誌で発表されたそうである。

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