ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

新聞記事騒動、新しい幕開けは”黎明”の時へ

2007-12-31 00:59:54 | 草の根地域福祉

 13日の新聞記事掲載に対する抗議書提出以来・・・

 あれこれの経由ののち、編集局よりの回答書を担当記者が持参。こちらが指摘した箇所についても、取材状況など調べた上での回答であった。特集の意図、取材記事の表現の断定・不十分な記述などを遺憾とする旨明記されていた。これは真摯なきちんとした回答と役員会では受け止めた。

※子ども会のお母さんからのメール・・・記事を読んだ時は、「ここはこんな暗いところじゃないよ!!」と、ほんと暗い気持ちになり、とても残念に思っていました。でも、多くの方がこう思われ抗議書を送られた事は、さすがポジティブなXX地区!!と、嬉しく思いました。有難うございます。(町内に回覧した区長からのお詫びと報告を読んでのメール)

取材記者と話した結果、書き手である取材記者の、読者は「こう受け止めるであろう」という思い込みと、読み手である地域住民(これは我が地区のみならず、太宰府の他の地域でも)の受け止め方には、大きな大きな相違が生じていたことが解った。また、取材意図にあわせるべく、事実を了解を取ったとはいえ曲げてしまったことなど。取材された側のコメントに対する記者の受け止め方と、インタビューされた側、取材を受けた側との間に『同じせりふ』でも、前後を省いたための大きないわば正反対程の違いが記事となって地域を困惑と憤りへと向かわせた。

記者は自分なりに真剣にこのテーマに取り組み、記事を書いたのだと思うが、結果は今回の騒動となってしまったのである。

一つの例・・・『公園に子供の姿はない』・・など、否定的な言葉を断定的に書き、放り出した形で文の結びとすると、インパクトは強くなる(記者はそういう効果をねらったのであろうが)が、公園に子供の姿は本当にないのか。「子供達の声が賑やか」と聞いたのは、地域児童公園近くの人に聞いたのは、まだ寒くならない頃のことだった。隣接する地区にも公園があり、そちらの方が遊具が揃っているのか、我が地区の子供達は登下校で一緒のコースの、隣地区の子供達とよくそちらの方で遊んでいる。そんな事実があることを取材記者は知らぬままに、書いたのだろう。取材は調査でもあると思うが。

はじめにシナリオありき・・・取材者がどう否定しても、大多数の地域の読者はそう受け止めたようだ。

抗議書は敢えて訂正やお詫びは求めず、高齢化率の高い地区でも、いや、それだからこそ明るく元気に!と頑張っているそんな前向きの姿を書いて欲しい『明るく頑張る高齢者の街』それが地域住民の願いだった。頑張っている役員さんの願いでもあった。結論だった。

 ”ふるさと再生”をテーマとするならば、色々な地域のそんな光を描いて欲しい、その中での問題点指摘は構わないが、この記事のように暗いイメージはやめて欲しい・・・と。若い人の転入も増え、福祉を中心にした自治活動も前向きで、決して黄昏れてはいない!と区民の方たちは自負していたのである。漏れ聞くところによると、掲載された他地区でも『そんなに黄昏れてはいない!』なぜそんな面ばかりを強調するのかという反発が出ているそうである。

記事に取り上げられた『サポート隊』その書き方により、関係した人たちを傷つけ心を逆なですることになったが、その試みそのものは読者からの反応があり、編集局でも再度詳細に取り上げたい意向なので、きちんと取材するとの回答でもあった。

担当記者さんがもしこのブログを読むことがあれば・・・。

・自分の書いた記事が、読者にどう受け止められるか。それを冷静に感じとる、ジャーナリストとしての感性を培って欲しい。社会を啓蒙するも、今回のように暗い気持ちにさせるのも、一本のペンの生み出す結果なのだから。

・断定的な言葉や、不十分な表現は時として、書き手である記者の意図とも違う意味をもってしまうこと。それを読者の読み方のせいにしないことである。大多数の人がそう感じたのなら、それは書き手が、やはり間違っているのだと認識しなければならないと思う。ペンの力は大きい、新聞の力は大きい。それを自覚した上で正しく書く。意図に合わせて歪曲するというのは、とんでもない結果を(本人が意識してなくても)生み出すということを、ジャーナリストとしてしっかり自覚して欲しいと願う。

今回のことは、張り切って高齢化の問題に取り組んだ若い記者にとっては、思いがけない展開だっただろう。だが、若いということは何よりも素晴らしいこと。痛い経験だろうが、これを報道人としての自分を省みる材料として、大きく伸びて欲しい。同性として心からそう願うものである。

今日はぐんと冷え込んでいる。明日の大晦日は雪になるだろうとのこと。

年内に一応落着したが、他地区ではこの問題年を越すところもあるらしい。いずれにせよ、『疲れたなあ』がととろサン夫婦の本音。我が家恒例の『光明寺』での除夜の鐘を撞いて天満宮に初詣(人が多くて無理かなあ)・・・気分転換しましょう。

今庭の『侘び助』盛りである。この花は満開になってもひっそりと静かで、つくばいの上に、落とした影も寂しいが、なぜか心惹かれる冬の花である。

コメント

ちょっとした新築ラッシュ(笑)モダンとしっとりが同居して(1)

2007-12-26 11:29:29 | 草の根地域福祉

 朝6時部屋の温度は16度。昨日も穏やかな一日だった。今日も暖かくしのぎやすいだろう。風もない。暖冬が地球温暖化のせいと思えば、喜んでもいられないのだが、お正月を前にした主婦には嬉しい天候である。差し込む光がまぶしい。

昨日ぶらりと町内を歩いてみた。2軒建築中の槌音が聞こえていた。いずれも、この団地族の二世たち。最近はUターンしてくる若い世代も増えてきた。我が家の向かいも娘の同級生の男の子。今は若いパパさん、昆虫大好き少年のS君は、幼い頃のパパの面影があり、なんだか孫みたいな気持ちである。

とはいえ、東京など学生生活そして就職し、その地で家を持った子供達も多いのは確かだ。高齢化も確か、一時は子供の数が一桁台になるのではという時もあった。だが、ここ数年少しずつ新しい若い家族が、転入してくる。

 

長い間空き地であった高台のあたりにも3軒、モダンな家が。随分と新しい家が増えたなあ。若い人たちは夫婦ともに仕事を持っている人たちの多い世代だから、自治会活動なども少しずつ、現在の状況に合わせて変わってていくだろうか、今のところはシニアが(上は74,5歳まで)頑張っている。地域の世話をしながら、自分達の交流を楽しく、明るく!がそんなひまわりサンたち(福祉の会)のモットーである。

ととろサンの住むこの辺りは、不動産屋風に言うなら、

<駅まで徒歩10分(駅から団地入り口までは、学園通り・・・と名づけられてる。短大などがあり、若いお嬢さん方の姿が。)福岡市天神(繁華街)へは、沿線”西鉄線”で乗り換えはあるが、特急で20分くらいかな。文字通りのベッドタウン。最近の若い世代は、”緑の多い静かなところ”に住みたいという傾向にあるから、若い世代の、高齢化した団地あたりへの転入が多いという。大歓迎だ。

九州国立博物館へ徒歩10分・天満宮へ徒歩15分・学園都市・緑豊かで閑静な住宅地・万葉の時代からの歴史の中の住宅地>となるのかな。

団地が出来て40数年。それぞれの家(敷地70坪~120坪くらい)は殆ど立て替えられて新しくなり、その間にカナダ風な家や明るい壁の色のモダンな若い感覚の家が混ざる。団地にしては敷地が広く、庭も年数がたって樹木は豊かに、手入れも行き届いた家が多い。冬のこの時期は八朔みかんの黄色が目立つ。冬は椿・山茶花など。2月ごろには梅が咲き始める。太宰府天満宮は全国200万社といわれる天神様の、いわば総本家。梅がシンボル。太宰府市の花も梅。だから、この辺りも殆どの家に紅梅・白梅がある。

ととろサンの家の二階からは、右手に聳える860メートルの『宝満山』(九州でも名山の一つ。毎日登山の人が絶えない)見え、私立の女子大(今は女短大と大学の二つ。福岡の私立では著名)の建物も見える。左手には低いなだらかな『四王寺山』が。ここは山城のあった歴史の跡でもある。(写真遠く宝満山。右手はT女子大)太宰府市の中でも、高齢化率の高いこの地域も、少しずつ蘇り、今日の日差しのように明るい明日を感じさせる。子供達の数も増えてきた。

・・・地域再確認のつもりで、歩いてみた結果、そんなことを感じた。ととろサンが移り住んだ頃は、駅への道も田んぼに囲まれていたが、大学などが出来て随分変わってきた。・・・なぜ地域再確認? 実はこの団地が、新聞記事の取材対象となって、静かな町内や周辺に時ならぬ嵐が吹き荒れているからである。

コメント

今年の締めくくりは、新聞記事に翻弄されて哀しい日々(2)

2007-12-26 11:20:15 | 草の根地域福祉

  新しい年を迎えるまで、残り僅かというのにととろサンは鬱々とした日々なのです。ことの起こりは今月半ばのN新聞(大手地方紙)一面記載の特集”ふるさと再生シリーズ”大きな囲み記事。(ととろサンは今こんなカッパさん状態)

今回のテーマは『黄昏れる街・・・ベッドタウン』(題からして“暗い”)その第2回に、なんと我が地区が掲載されたのです。「そんな馬鹿な!」目を通すうちに、怒りがこみ上げてきました。地図も入っております。

ととろサンはプライベートでは、余り怒ったり、他人と争ったりしない性格だと思っているのですが、この時はまさに『怒り心頭に達して』状態。心を落ち着けて何度も読み返し、『なぜこんな記事が出たのか』

今月はじめ【ちょっと早目のクリスマス】を開催、また【花想会・・・話そう会】(70歳以上対象)の皆さんに、福祉部ひまわりさん手作りの”干支のねずみ”を年末の挨拶の手紙とともに届け、「早速玄関に飾りました。可愛らしくて。有難うございました」と感謝の電話を頂いたりしていた矢先だっただけに。

ここは、40数年前に新しい団地として建設され、当時のサラリーマンの方たちが退職後、緑が多く静かで歴史ある町として入居。確かに太宰府市44地区のうち高齢化率4番目(以前は3番目)。世帯数150余、人口700余、70歳以上130人余。子供の数が一桁になるのではないかと思われる時もありました。だからこそ!自治会役員はじめ皆さんが頑張って福祉を中心に『温もりのある町』めざして、今は社会福祉協議会からも『モデル地区と思っています』と言われる程なのに。

記事はまず、N子さんという若い家庭(1歳の坊や)を取材。・・・公園に遊ぶ子供の姿はない(本当にそうか?)若い家庭が少なく、いまだに『N子はまだ近所の”ママ友”ができていない』とぽんとインパクトの強い投げ出すような結びで、いかにN子さんが黄昏れたトシヨリの町で、寂しく暮らしているかが浮き彫りにされていましたが、実情は・・・

我が家の近くに住むN子サンは時々メールも交わすし、勿論顔見知り。月に一度の『井戸端サロン』にもお子さん連れで参加してくれている。

★私のメールへのN子サンのレス(掲載許可いただいています)

『実はママ友達も出来て、?番号の交換もしています。取材の時その話もしたのですが、私達家族が明るすぎて記事内容と合わず・・・・ここは公民館活動も活発だし、今建設ラッシュで新しい家族が入居されています。新聞記事はさておき、いつも良いとこに引っ越してきたと話しています。』(他に若い家庭を取材したら、貴女のところは没にするとのことだったが、他の取材が出来なかったらしい。で、『友達ができていないことにして欲しい』と。彼女は前から『ここは近所の方も良くて密でいい』と話してくれている、人の良い明るい奥さんなのです。

現・区長から取材のいきさつを聞いた。

まず、大宰府担当の記者が『サポート隊のことを取材したい』と、(大宰府にはまだそういう形のものを持っている地区がないから、今までも何度か話を聞きに来られた地域福祉を目指す地区の人たちもいた。) 区長ならずとも『良い方向の取材だ』と思い込むのは当たり前。だが、記者の頭には「サポート隊というようなものを作らねばならぬ程に老齢化した地区」とのイメージがあったのか?

区長から「2回目は暗く書きすぎたので、3回目は明るくサポート隊のことを書きますと記者が言っていますので、期待してください」と前・区長で今は顧問の夫に電話が入った。が・・・明るいどころか、サポートで実例に関わった人たちの気持ちを逆撫でし、区長は言葉の後先を省かれて、違う雰囲気に使われてショックも大きい。しかも、これは取材後の電話での雑談の時のこと。(わが地区は大宰府で3番目の女性区長、頑張ってるんです)記者は「私達はどんな時でも、取材の対象とします」だったら、きちんと前後の言葉も、その時の状況も掲載すべきではないだろうか。テーマに添うように、聞いた言葉を切り取って細工して、なんとしてでも我が地区を黄昏れてしまった町に仕立て上げたったのだろう。

気分が滅入るような暗い記事、読み手の心を逆なでする表現、そこから何が生まれるというのだろうか。リタイヤ後の夫が区長を引き受け、以来役員さんや地域の皆さんと頑張った姿を傍で見、ととろさんも少しは手伝い、成果の程もわかっているだけに、やりきれない気持ちでいっぱいである。

問題提起から啓蒙へ、再生への希望をよびおこすような記事であってこそ、『ふるさと再生への道』という取り組みにふさわしいのではないだろうか。

地域のTさんのメール(掲載許可頂いています)

・・・読んでいて不愉快でした。あれは、事前に記事の構想が出来ていて、形だけのインタビューをしてネガテイブな面だけを記事にした感じですね。『井戸端サロン』の時、N子さんの他にも若い奥さん達がお子さんを連れて来て、和室(地域公民館)で歓談していらしたので、『良いことをなさってますね』区長に言ったものです。サポート隊」のことも、当事者がこの記事を読んだらどんな気持ちになるか、分かるだろうに、これは表現の暴力ではないかと・・・。

この団地には温かい風が吹いています。ここに住んでいることを、嬉しく思います』と便りを下さったご年配の方、『明るい、元気がいい』と言ってくれる方。地域福祉は試行錯誤。住民も十人十色、関心のない人もいる。静かに自分の世界で暮らしたい人、もっと大きな市の中央や福岡に目を向けて行動している人、それは人それぞれでいいと思う。多数の住民が”住んでいることに満足を覚える地域”であったら、それでいい。

<やれる人がやれる時にやれることを>

<ぬくもりのある町をめざして>・・が、この小さなわが町の掲げるスローガンである

夫さんが月に一回発行の地区便り(ととろさんの写真や記事も)カラフルに明るくシンプルな地域情報紙。7年目に入りました。おかげで好評です。

追記(12月26日)★今日は最後のひまわり会の話し合い。来年一月に開く『ちょっと遅めの新年会』70才以上の『花想会』の方を招いて、「ひまわりサン」達との新年会。日時・内容などについては、あっという間に決まりましたが。その後、N新聞の記事のことで、私達地域のものは本当のことを知っているけど、知らない人たちはあんなに大きく新聞の一面に出たら、信じるよね・・・と。 

若い人たちも入居して三世代共存する町のモデルで、取り上げられたというならわかるけどなどと、年の瀬なんだけど、腹が立って落ち着かない!皆さん、福祉部で頑張ってくれているだけに・・・とても情けなくて仕方がないようです。 こんな救いのない記事書いて!地価が下がるよ、若い人が入居するのをためらうよね。

★道で最近越してきたばかりの、若いお母さんに会いました。女のお子さんが二人。先日のクリスマス会がはじめての行事参加です。転勤で来られたのですが、前任地の友人から電話「どうしてそんな過疎地に、住んだの」「そうじゃないと思う。」とクリスマスも楽しかったし、子供達にも子ども会のお母さんや子供さん達が『一緒に遊ぼう』と声かけて下さったし、近所の方も優しいし・・・といったけど、あんなに大きく一面に書いてあるから、やっぱり、新聞の方を信じているみたいで」家を建てようかとか引っ越して来ようかと思っていた人は、ためらいますよね。とそのお母さん。

 第一回目の他地区のことを読んだ時から、なんか不安になって・・・。静かだし環境がいいなと思って、夢を持って越してきたのに・・・」ととろサンの説明を聞いて、ほっとなさったみたいでしたが(説明できたり、直接状況が解る人はいいけど)新聞の力はよくも悪くも強い。ペンの暴力ですね。

    もう暫く、喧騒ともどかしい戦いが続きそうです。

この企画を『黄昏れる街』を企画した人は、何を意図していたのでしょうか?報道人の良識を疑いたくなります。

コメント

抗議文提出へ(3)

2007-12-26 11:18:16 | 草の根地域福祉

  詳細なことが解ってくるにつれ、やはり、このままではいけない!余りに酷すぎる!6回連載のうち、太宰府市の次に登場したM市などは、そういう高齢化ベッドタウンであっても、前向きに頑張っている姿も登場、救いもあります。取材記者が変わったようです。なぜ、太宰府の地区は、ゴースト・タウンのように、描かれたのか地域住民の心を逆なでするような記事。テーマに添うように、歪曲された取材内容。明るさの見えない文章。

高齢化の問題は、今の日本の各地にあります。それを取り上げるのはいい、警鐘を鳴らすのはジャーナリズムの使命ですから。が警鐘から啓蒙へ。明るい方向があるのに、あえて見えない状態を彷彿とさせ、読み手に不安とかなしみを与えるのは、間違っているのではないだろうか。他地区でも問題になり、抗議を申し入れる動きや、不買運動の声さえ聞こえてきました。我が地区も、編集局長に区長名で正式に『抗議書』を提出。目下回答待ちです。

お正月の準備しなきゃあいけないんだけど、ととろさん、何だか憂鬱なのです。

コメント

私の考える地域福祉(5)

2007-12-26 11:09:47 | 草の根地域福祉

 高齢者の多い地域には、そういう人たちに力を貸す存在も必要だが、近所付き合いで上手く相互扶助が出来れば、あえてお助け隊のような組織は必要ないのではと考える。

 だから『サポート隊』は、高齢者・弱者が困らない状況になれば、自然消滅でいい・・・これは我が地区の役員さんたちの考えだ。だが、そうなるまでは、何らかの組織で補う必要がある。
サポート隊は、町内アンケートの結果、そんな意義を持って誕生した。

もう一つ、大きな目的がある。リタイヤした男性達の力を地域に!ちょっとした大工仕事や大型ゴミ出しの手伝いは体力的に勝っている男性の存在が頼もしい。今のところ出番(要請)は余りないが、サポート隊会員カードは少しでも地域に関わっているという意識を与えるだろうし、ここから『男の料理教室』が生まれた。そのうちに、趣味の集まりなども生まれてくることを望んでいる。

地域福祉の中で・・・高齢者といえど、”与えられる”だけではいけない。年取っても自分達で何か出来ることは?地域のために何か出来ることは?『夏休みおもしろ塾』はシニアの素晴らしい技(茶道・習字など)を子供達にという試み。教える方たちが元気はつらつになられた

現・区長は女性。気配りも細やか。高齢化地域に赤ん坊が6人かな。来春には子育て支援『あかちゃん・サロン』を誕生させようと話している。今までは『井戸端・サロン』に子育てママと赤ちゃんを招いていたが、来春からは『赤ちゃん・サロン』でママさんたちの交流が出来たら、今度はオトシヨリを招いて、核家族での不足しているところを補えればと思う。これもまた、昔ならば、必要のない組織なのだが。そして大事なことは、このサロンもいずれは、ママさんがたで自主運営していくようになること。私達はそのために手を貸すのが役目と思う。

ちょっと遅めのクリスマスのあとは、お土産のおすし弁当とケーキで、食事を一緒になさった方シニアの方たちが公民館での『茶話会』を定例として誕生させるという話はとても嬉しい。

 

  (井戸端サロン)                  (あかちゃんサロン)

福祉の会『ひまわり会』は、人は若くとも年とっても、自立出来るものがある・・ことへのチャンス作りと気づきの機会を作り出すとともに、自分達もこれから否応なしに迎える老年期を明るく元気で過ごすための、自分達の自立と交流の場だと考えている。もう一つ、福祉には情報が大切。他の地域はどう対応しているのだろう?どんな企画を?迷うことが多々ある。解らないことも多い。文化的なことも盛り込んで企画を建てたいし。

さまざまな事柄を情報交流する必要がある。それを仲立ちしてくれるのが、社協(社会福祉協議会)の役目の一つかとも。小さな小さな地域で、まず足元からと草の根福祉のことに、あれこれ思いをめぐらすととろサンでした。今日は本当に暖かい。師走とは思えないなあ。

コメント