5月24日 2日目。、
空は灰色。雨が降らないうちにと【伊勢神宮】へ。私は初めての参拝。午前中早目だったからか、人出もそれ程でなく、ゆっくり回ることが出来た。全体に素朴な静謐な雰囲気、平安の御代から神聖な宮を守って来た、高い高い樹木が濃い陰を作っていた。
宴を
(余談だが、明治時代、曾祖父は【富士登山とお伊勢さん詣り】を近所の人たちを引き連れて敢行した。そのことが当時の新聞に、なんと!文語体で掲載されていた。「筥崎宮の浜で宴を張り、水盃を交わして、船出しにけり…」みたいな調子で。無事に旅を終えた祖父たち一行は、博多の守り神【櫛田神社】参道(今は冷泉公園)・太宰府天満宮西門入り口・筥崎宮と、【常夜灯】を寄進している。今も残っている。当時の人達は信仰心が強かったのだろう。無事に旅を終えられたのは神仏のおかげと感謝の念を表した)
伊勢神宮は最も神聖な神社、そのやしろの斎宮には皇族の血筋の若い娘が選ばれる。純真無垢な12,3歳の少女は、次の天皇に時世が移るまでを、このお宮で過ごす。現代の女性達には考えられない事であろう。源氏物語では確か六条の御息所の幼い娘が斎宮に選ばれ、心細い想いをしている娘に、光源氏とのつながりを断つ決心をした御息所が、母親として伊勢へ付き添っていく。そんな場面があったように思う。
夫の逝去とともに長年続けていた「文学サークル」(古典文学を音読して、自分たちなりに楽しもう)では、「伊勢物語」を終わったところで会を閉じた。伊勢物語では、本来は許されるものではないだろうが、在原業平と伊勢の斎宮の、一夜の恋が描かれている。ヒトは聖人君子ではない。理不尽だと解っていても、愛を恋を知ることも、それによって喜びや悲しみ、憎しみ、辛さなどを知ることも大事なこと。ましてや雅な男女の愛、ストレートな気持ちを柔らかく包みながらも、平安の女性たちはある意味、奔放でもあったのかもしれない。いつの世も、人生には喜びや苦しさ、辛さ哀しみ、後悔などを伴いながら、愛や恋慕の物語があるから、詩歌も小説も生まれて来るのだろう。
五十鈴川はさざ波さえ感じさせず、静かに静かに、曇り空を写していた。徒歩1万5千歩。良く歩いたなあ。
おかげ通り、門前町では、かの有名な【赤福とお抹茶】をガラス越しに和風な庭を見ながら、ゆっくり賞味。新婚時代は名古屋で過ごしたが、育児などに追われて、伊勢まで来ることは出来なかった。仕事上この辺りにも良く来ていた夫のお土産は、いつも「赤福」たまに「松坂の牛肉」(滅多にない)がり、とてもそんな高価な牛肉など買えない若い私達には、ほんとにごくたまのご馳走だった。孫の好きなアーティストさんの画廊が出来たとのことで立ち寄ったり、名物の「伊勢うどん」(ちょっとびっくり!)など。
【三ケ日ミカンの里】に足を延ばし、信州の友人にお見舞いの100パーセントミカンジュースを送ったり、浜名湖ぐるり廻ったり。
宿【ホテル・グランドメルキュール浜名湖リゾートホテル】
ネット予約の宿だが着いたら「あら、ここって」以前浜松の孫を訪ね、皆でXmasに泊ったホテルだったのだ。外国資本に売却されて、名前が変っていたので分からなかったと、笑い話のような現実。大きいホテルだが外人客(アジア系・西欧・アメリカなど)の団体も。夕食は孫お勧めの「美味なハンバーク」(故郷のグルメでここでしか食べられないという)待ちがかなり入るお店(さわやか)で。鉄皿でジュワーと湯気を立てる焼きたては、美味しかった。今夜は若者気分。
大風呂と露天風呂が続きなので、適当に温泉を楽しみ、女三代、四方山話に夜は更けた。