10月16日
ご隠居さんの一周忌と家の片付けに帰省し、さすがに疲れ果てて横浜へ戻った。最後に家の中を見て回った時は、長年住んだ想い出が一気に押し寄せて、思わず泣いてしまった。
「ここで私が独りで暮らすのは無理」なのは重々承知なので、涙を振り払って家の鍵を不動産屋さんに渡した。凝り性のご隠居が設計士と相談しながら、熟練の大工さんに土壁、軒のひさしは長めに、床は高く、家具は作り付け、窓は多めに、座敷には舅の形見の枝ぶりの良い松が見れるよう、雪見障子と広縁を。庭には蹲(つくばい)を・・・などと楽し気に話していた様子が目に浮かぶ。
昆虫大好きなご隠居は「蟋蟀庵」と密かに名付けて悦に入っていた。ブログの名前も「蟋蟀庵便り」だった。そうそう、和室に炉端と自在鉤をつけたいと言い出した時は、さすがに反対したが。
ローン支払いのために私も働いた。二人で作った家という感じだった。ご隠居さんよその家に行くのは苦手だが、我が家に泊り客や来客があるのは大好きで、いそいそと珈琲マスター役を買って出て、私の仲間の(女性達)にも気軽に加わって楽しそうだった。
ドレッサーや書架を作りつけにし、窓を多くして風通しや明るさ、収納スペースを多くと希望したのは私。風呂場やキッチンの窓棚には緑の観葉植物を。すりガラスの向こうから明るい陽光が射しこみ、昼のお風呂はちょっとした温泉気分(あはは、温泉の素だが)だった。
二階の窓からはまだ真っ青な夏空の中に、くっきりと四王寺山と宝満山が見える。天満宮の大きな樟のこんもりした緑も、九州国立博物館の青い屋根も少し。のびやかで豊かな自然太宰府の自然に囲まれて過ごした年月はしっかりと私の中に根付いている。博多の街は第一の故郷、太宰府は第二の故郷なのだと思う。娘も感慨無量という面持ちだった。
そして最後の第3の住み処がここ横浜。落ち着たら色々「小さな旅」感覚でメトロで見知らぬ地名で降りて歩いてみよう。いろんな発見があることだろう。都内にも沢山行ってみたいところはあるし…と前向きに考えることにする。
家を明け渡し、ガスや水道など生活LINEをストップしてもらった最後の日は、博多の海.が見える宿に泊まりたくて、ヒルトン福岡・シーホークホテルに一泊した。
私は小学生の頃ここ百道に住んでいたが、その頃はまだこの辺りは海の中。白い砂浜と松原は埋め立てでなくなり、新しいお洒落な街が出来、福岡では初めての34階建ての「シーホークホテル」や野球場「福岡ドーム」が出来た。また歳月は流れてシーホークホテルは、ヒルトン福岡となり、ドームは「ペイペイドーム」と変わった。
29階の窓から眺める博多の海は、幼かった私がいた頃と変わりなく穏やか。白い砂浜(ここのは人工だが)遠くには志賀島などが見える。優しい大好きな海の景色を心に刻むように眺めた。
内緒話:福岡最後の日はホテルを抑えなければと娘が2,3予約を入れ、最終的にはヒルトンは予約取り消しにするつもりだったが、選んだ特別割安コースだったので「予約取り消しは出来ません」の文言見落としていて。結局「安くなると言ってもやっぱりそれなりの値段だね。でも仕方ない、それに最後に博多の海もみたいし」と。予算オーバーだったが、優しい海の景色や夜景を堪能できたから”良し”としよう。
部屋の窓から
