1)
起こったことが嬉しい感情をもたらすのであれば、その逆方向は成立しないか。成立するかも知れない。
2)
まず嬉しい感情を湧かす。するとそれを惹起するだけの出来事がそれに沿って流れ寄って来る。
3)
先立った嬉しい感情を孤立させないための配慮が周囲から立ち上って、不思議現象が出来(しゅったい)する。
4)
身の回りに起こる出来事が次々に嬉しいものになる。そういう方向性が確立される。そうすればさぞさぞ嬉しいだろう。
5)
目が輝いて来るだろう。目が輝いてくるのはいいことなのだから。
6)
嬉しい感情というのを燃料にすると、嬉しい出来事がエンジンを回転し始める。だったら、やってみようではないか。
7)
まず嬉しがる。
8)
普通の流れでは原因があって結果が後についてくるということになっているが、結果を先取りすれば原因が自ずからにしてその方向を向いて流れ出して来るのではないか。
9)
突飛な発想のようだが、結果が原因を産み出すことだったあるはずではないか。
10)
原因と結果は一貫しているのではないか。一本の棒の右端と左端なのではないか。
11)
水の流れはそれができる。素麺流しの竹の小川で実験してみよう。右端を高くしてやれば水流は右端から左端へ流れるが、左端を高くしてやれば、その逆流は起こり得る。
12)
どちらの端が原因にもなれるのである。
13)
今晩寝るときにいいこと、こうであったらいいだろうなということを思い描いて、にやりとしていると、明日にはそれが実現している。いいだろうなあ、そうあれば。
14)
事実がこうやって我が手に操作ができるのであれば、この操作が可能になれば、いかにもいかにも世の中は楽しい世の中に変貌していくはずである。
15)
いかにもいかにも楽しい世の中である方がいいのである。
16)
カタッ苦しくものの順序を一方通行にしていなくともいいのではないか。
17)
どちらからでも通行が出来ると道はスムーズに流れて行く。
18)
結果から原因へ。原因から結果へ。ほんとうのほんとうは、どっちだって可能なのかも知れない。両方向が可能なのかも知れない。