手が悴(かじか)んでいる。冷たい手を手揉みする。早朝、畑を見て回ったら、緑葉に朝露が降りて、朝日に光っていた。戻って来て炬燵に入っているのに、老爺の鼻から鼻水が垂れて来る。ちっとも絵にはならないけど、しようがない。
同級生の友達は死んでしまったのに、同級生の僕はこうして生きている。死なないでいる。生きていることと生きていないことの違いはなんだろう。何だろうかと思う。死んだ人が哀れなのだろうか。生きている人の方が寧ろ余計に哀れなのだろうか。死んだ人の方がしっかりした幸せを得ていて、生きている人がまだその途中というところだろうか。死が悲しみだとは一概には言えない。生きている僕は今日、では何をしたら生きているということになるのだろうか。威張れるようなことはできない。とてもできない。
ショパンのノクターンを聴いている。しずかに聞いている。
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