お金持ちでもないさぶろうが、ちょくちょく旅へ出るものだから、友人の山口さんなんかは、そんなお金がどこにあるんだと言う。後々、借金苦で困りはしないかと心配する。最低料金のところを探し出して泊まっているのだが、それでもたしかに出費だ。お金が要る。お金は工面をしなければならない。働いてはいないから、あらたまった収入があるわけではない。なけなしの金を掻き集める。打出の小槌があるわけではない。ポチが此処掘れワンワンと吠えてくれることもない。大鷲がやって来て宝島まで連れて行ってくれたというためしもない。さぶろうはかみさんに頼むのも嫌だから、かみさんも別途その分のお小遣いをくれるわけでもない。でも、行きたくてたまらなくなるのである。生きている内にしか行けないと思うのである。いまは幸いにしてその条件を満たしている。生きている。死んではいない。だったら何はさておいても出掛けるべきだと思うのである。そしてぷいと行ってしまう。結局行き儲ける。事は成る。不思議なものだ。ポケットがすっからかんになって帰ってくる。そういう山口さんもついてきたいところだろうが、彼はまだ働いている。毎日ではないが仕事をする日が埋まっている。だったら行けない。そこでひょいと思ったことだが、お金持ちはさぶろうのような旅は出来ないのである。お金持ちではない者が自由の旅に出て行けるのである。矛盾をしている用だが、世の中そうなっている。兆超お金持ちのお医者さんは患者さんが押し寄せてくるからとても温泉旅なんてできっこない。能力があることを自慢している出世人ABCDEFさんたちも、その能力が足枷になってふらり旅に出るなんてことは縁遠くなるだろう。そうすると、金のないさぶろうが金のある人たちよりも自由を享受できていることになる。恵まれているということになる。こうやって上下、強弱、金持ち貧乏がくるりと引っ繰り返っているところが世の中だ。世の中はだから面白い。
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