宮崎県都城市高崎町縄瀬塚原の台地上にあります。
周りは田圃に囲まれています。
全長67.6m、 後円部径33.4m・高さ6m、 前方部幅22m・高さ4.5m の前方後円墳です。
ほぼ完全な状態で残っています。
築造時期ははっきりしていませんが、古墳時代中期のものと考えられています。
塚原古墳群を構成しています。
昭和17年(1942年)、宮崎県の史跡に指定されています。
「塚原古墳群」
前方後円墳1基、円墳25基からなり、1号墳を中心に密集した状態で分布しています。
ここからも牧の原古墳群同様、地下式横穴墓(9基)が見つかっています。
周りは田圃に囲まれています。
全長67.6m、 後円部径33.4m・高さ6m、 前方部幅22m・高さ4.5m の前方後円墳です。
ほぼ完全な状態で残っています。
築造時期ははっきりしていませんが、古墳時代中期のものと考えられています。
塚原古墳群を構成しています。
昭和17年(1942年)、宮崎県の史跡に指定されています。
「塚原古墳群」
前方後円墳1基、円墳25基からなり、1号墳を中心に密集した状態で分布しています。
ここからも牧の原古墳群同様、地下式横穴墓(9基)が見つかっています。