超人少年伝説

源氏物語千年 紫式部が突然現れ 紫式部氏思想を書くことになった

閉塞感とは 否定の肯定である

2010-02-15 06:43:51 | Weblog
閉塞感は、自己否定の肯定であり、それは心の闇を生む。
心の闇は、自己否定の肯定への適応症状である。
病んでいる人が、社会に適応している。
その適応症状が、雰囲気を読み、自ら呑み込まれることだ。

だがこれが負のエントロピーを食べることだ。
閉塞感や疎外感を食べつくせば、それは克服される。

*。
人間を疎外した社会が作るのが、疎外感である。
ここでは人間性は、排除された。

疎外感を食べつくせば、それを超えられる。
それを食べると、もともとの元気を回復する。

*。
心の闇を病んでしまうことも、それを食べることだ。
もっといい食べ方は、それから元気を作ることだ。

   *。
エントロピー論で、世界の見方が変わる。
これが精神革命だ。

*。
もうエネルギー成長の時代ではない。

精神的成熟の時代だ。
これが安定性の根源だ。

それをエネルギーでやる、これは慣性だろう。
あこれを変える仕掛けが必要だ。

ヨーロッパの秘密 暴力への寛容性

2010-02-15 05:53:21 | Weblog
寛容性とは、暴力や狂気・犯罪を許すことである。

偽の寛容性は、暴力を許さないことであり、
否定の肯定、即ち、暴力を殺人することである。
この結果お上日本は、人は国家暴力の奴隷・家畜・乞食となった。

*。
寛容にも、静的と動的がある。
日本の寛容性は、静的であり、アスペルガー症候群である。

このような発言は、暴力はすべていいのかと反論される。
それは反論のための反論で、反論ではない。
否定の肯定で、自己否定となる。
だがこれも寛容性から問題はない。
それを排除しないことが、寛容性だから。

*。
正義には反正義の許容性もある。
従って、社会が成熟しないと、これらは成立しない。

ヨーロッパは成熟している訳だ。

日本はまだ幼児性だ。

*。
日本の常識は世界の非常識。
これは幼児性というより、狂気性だ。

その幸福とは何か。
相手を潰すことが快楽だ。

文章に矛盾があれば その文章は無矛盾である

2010-02-15 05:02:14 | Weblog
文章が矛盾していれば、その文章は無矛盾である。
ゲーデルの不完全性定理の第二定理はこういう。

トヨタのソフトは、一千万行を超える文章からなる。
この文章に矛盾があると、その文章は無矛盾である。

一体何を言っているのだろう。
だがこの問題が実に深刻な問題を提供している。

文章に使われる言葉は、全部モノポールだ。
つまりパラドックスのある現実を、
文章化すると、パラドックスは消えてしまう。

お上日本を、文章化すると、その畜生が消えてしまう。
これがお上日本アスペルガー症候群の原因だ。

     *。
現実を、言語化し、思考すると、
現実にあるパラドックスは、文章の世界から消える。

言葉は、モノポールだから、パラドックスは消えてしまう。

判決とか調書が、ただの作文になってしまう道理だ。
そこに含まれるパラドックスが異物排除される。
無実死刑が、問題なくなってしまう。

即ち、パラドックスは異物排除するので、問題の認識理解が出来ない。

だから岡潔は定理に、例題を挙げ、実証した。

*。
トヨタ問題で、問題なしとした実験は、一種のシミュレーションだ。
これが現実を同じである実証が必要だ。

シミュレーション文章が、現実で成り立つ実証が必要だ。
例えば、これがないから警察の証拠は意味を成さないのだ。

   *。
この問題が国家や文学…で行われている。

これはただの嘘や妄想だ。

国家や文学などは、
文章化すると、モノポールだけとなり、
現実は異物排除される。

現実の否定の肯定が行われる。
これが判決や調書であり、国家や文学の真相だ。

*。
これらは現実で意味不明の支離滅裂をやっている。

これを都合のいい方から読み、それを行っている。
この世界はその都合の悪い方を現実に出力し、現実は支離滅裂となった。
それが支持されている。

その意味が分からない。
これが人の意識だ。

     *。
この妄想はゲーデルの不完全性定理で粉砕された。

都合やいい気持ちでやってはいけない。
現実を最適化することでやらなければならない。

これがゲーデル・モラルだ。