二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「大山康晴の晩節」河口俊彦著(新潮文庫) 書評

2012年09月24日 | ドキュメンタリー・ルポルタージュ・旅行記

このところしばらく“活字ばなれ”現象がつづき、ボリュームのある本を最後まで読み通すことができなかった。この数週間のあいだに、何冊かの本がわたしのところへやってきた。その中で、元七段のプロ棋士だった河口俊彦さんがお書きになった「大山康晴の晩節」と、ミシェル・シュネデール(千葉文夫訳)「グレン・グールド 孤独のアリア」(ちくま学芸文庫)の二冊は、なぜかひどくこころ惹かれるものを感じ、優先して読んでおこうという気になった。

わたしは将棋はヘボ将棋だけれど、数年間、友人・知人との実践できたえたので、棋譜は読める。「将棋世界」を、年間購読していたことがあるし、入門書のような本を、10冊ばかり読んで、ヘボなりに研究もした(^^;)
「次の一手100」のような問題集を時間内に解いて、それが娯楽だった時期もある。アマ初段・二段クラスの問題集なら75%くらいは、指定された時間内に正解をみつけることができたけれど、あれ以降将棋とはなれてしまい、いまでは五級・六級に腕が落ちているはず。もっとへたかな(笑)。

わたしが将棋にいちばん夢中になっていたのは、関西の俊英・谷川浩司が名人位について数年後だったと記憶しているから、1980年代の半ばころだったろう。大山名人の姿は、NHK杯戦のTV対局などで観戦して、その晩節に発揮された超人的な執念の片鱗に、接した覚えがある。
大山康晴は1992(平成4)年7月に、A級棋士在籍のまま、69才で亡くなっている。
いまの羽生善治さんもライバルと比較し、圧倒的に強いが、名人位18期、しかも13連覇という大山15世の大記録を塗りかえるとは思えない。
プロ通算1433勝はいまのところ、歴代第1位。

河口さんは、この大名人の晩節に焦点をあわせて、本書を書いていて、ずしりとした手応えを感じさせるすばらしい名著に仕上げた。
棋士の評伝は、マイミクVINさんにすすめられ2008年10月に「聖の青春」(大崎善生著・講談社文庫)を読んで以来で、あちらが「青春」こちらは「晩節」というわけである。
「聖の青春」二草庵摘録 書評
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/b0fc5b54005b67af1b85065dd9959cac

「晩節」ということばはとても豊かなニュアンスをふくんでいて、「晩節をまっとうする」という慣用句があるように、倫理的な使われ方をよくする。

将棋は、格闘技である。ただし、体を使うのではなく、頭脳プレーという知的な対戦型ゲーム。勝つか負けるか、二つにひとつで、負けたらほんとうに悔しい。わたしの場合は、3、40分で一局というような早指しの、いわばケンカ将棋で、負けると「よし! もう一番」と、相手に挑みかかっていったもので、つづけて負かされると、夜も眠れぬくらい悔しく、情けなかったものだ。覚えはじめたころは、アマ二段を自称する先輩に、年がら年中負けていた(=_=)

いま通読して「大山さんは、修羅の道を歩いた人」だということが、よくわかる。爽やかな感動というには、あまりに重苦しい、勝負師としての重荷を背負いつづけて、いけるところまでいって、巨象のように倒れたのである。
河口さんはあとがきで書いている。《名人保持通算十八期は、不滅の大記録だが、それより、六十九才で倒れるまでA級の地位から落ちなかったのが、より偉大な記録に思える。こんな棋士は絶対にあらわれないだろう》と。晩年の闘いの凄まじさは、この人が勝負師として、他をよせつけない修羅道を歩むべく運命づけられた人であったことを証明しているように思える。
A級棋士としての誇り。
これほどの大名人ともなれば、A級から陥落したときが、引退のときなのである。
河口さんは、単に褒めたたえるのではなく、この人のいやらしさ、支配欲、金銭欲、出処進退のありさまなどを、峻烈にえぐり出してゆく。大棋士としてだけの大山を語ろうというのではなく、多方面にひろげた網をたぐり寄せるように、人間大山康晴に迫っていく。
残された棋譜には、その人間の表と裏があますところなく刻み込まれている。河口さんはプロ七段としての経験と、人間的な洞察力をバネに、棋譜以上のものを読み解いてみせる。その手さばきの見事さ。
《参考図は先手勝勢だから、勝ち方はいろいろある。なら、どう指しても勝ちさえすればよいようなものだが、どう勝つかに、棋士の個性と才能があらわれるのである》
羽生さんと対戦した棋譜を見ながら、河口さんは、こう書いている。
大山は69才で亡くなるまえに、現役最強の羽生善治と8局の将棋を指し、3勝5敗の成績を残しているそうである。ガンから生還したあとで、勝負に対しこれだけの闘志があったというだけでも、その凄さがわかるだろう。
本書は評伝文学の秀作である。


※写真左下が本書

評価:★★★★☆

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