二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「徒然草」における無常観

2011年10月01日 | エッセイ(国内)


久しぶりに、読書のはなしをしよう。
詩を書くようになってから、レビュー(書評)はぱったりやめてしまったが、わたしの場合、本屋の散歩は欠かすことができない日課となっていて、TVをみないというのは、読書にあてる時間をなんとか捻出するためである――といってもいい。

乱読の癖が、なかなかなおらない。
いまなおらないということは、今後も「そのまま」ということに通じる。
まったく違うジャンルの本を、何冊か並行しながら読む・・・なんてのは、朝飯前(^^;)
脈絡があるようでないし、ないようで、あとから考えると、あったりする。

わたしには、これという専門分野はない。
では多読の人か、場当たり的になんでも読むのかというと、そうでもない。カメラ散歩を再開してからは、読書のペースがずいぶん落ちているし、長時間活字本を読むのがつらくなってきた。老眼もすすんでいる(=_=)
「こんなにたくさんの本を、おまえは死ぬまでに読めるのか?」
母親にそういわれて、ぐっと答えにつまったのは、六、七年まえのことであった。

寝ころんで読むことが多いので、文庫本、新書本が好き。
このあいだ「中世武士団」(石井進著。現在は講談社学術文庫で入手できるが、わたしのは、小学館日本の歴史 第12巻)を読んでいたら、「徒然草」が気になって、岩波文庫や角川文庫の「徒然草」を引っ張り出し、上田三四二さんの「俗と無常 徒然草の世界」なども参照しながら、ぱらぱらと、また拾い読みしている。

中世武士団と隠者は、わたしの数あるキーワードのひとつで、若いころから、それなりに関心を持ち続けてきた。
瀬木慎一さんの「ピカソ」や、岡本太郎さんの本(新潮文庫の二冊)や、「マルセル・モースの世界」(平凡社新書)などと併せ読みしているので、なかなかすすまないのだけれど。

「徒然草」は、自慢ではないが、通読したことがいっぺんもない。
そんな風に読めるような著作ではなく、「拾い読み」が正しいアプローチだと、最近はやや居直っている(笑)。
この本は、モンテーニュの「エセー」などと比較したくなるような、高レベルのエッセイ集で、室町から江戸期にかけ、日本の文化に、無視できない大きな影響を与えつづけている名著であることは、大抵の人が知っている。そして、高校時代に、古文で読まされて、嫌いになる(笑)。むろん、無理矢理読ませないと、高校生が興味をもつような本ではないから、「無理強い」が正解なのである。いろいろなタネを播いておけば、あとになって花をつけ、実を成らせることがあるので、それは教育の基本原則だと、わたしなどはおもっている。

数年前にも、徒然を読んでいて、そのときとはまた違った、ふかい感銘をうけた。
この本への入口はいたるところにあり、どういった関心をもって読むかによって、ずいぶん違った姿をあらわす。
岩波文庫の表紙には、こうある。
「『徒然草』の面白さはモンテーニュの『エセー』に似ている。そしてその味わいは簡潔で的確だ。一見無造作に書かれているが、いずれも人生の達人による達意の文章と呼ぶに足る。時の流れに耐えて連綿と読みつがれてきたこのような書物こそ、本当の古典というのであろう。懇切丁寧な注釈を新たに加え、読みやすいテキストとした」。
“私の好きな岩波文庫100”のフェアをやったときの読者投票では、14位にランクインしている。
http://www.iwanami.co.jp/bun100/

ちなみに、松岡正剛さんは、こういっている。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0367.html

今回の読書ではまた、400ページあまりのこの本のいろいろな小径で足をとめ、じっと文字を見つめながら考え込んでしまったが、わたしのこころを射すくめたのは、兼好の激越ともいえる、ラディカルなその「無常観」であった。
中世は近代国家たる現在の日本とは、比較を絶した乱世である。
しかし、七百年も昔の一人物が書いた本が、なぜこうもなまなましく、“現代人”たるわたしの胸を打つのだろう。打つというより、撲つ(なぐる、ひっぱたく)というほど激しい語気が感じられる。

ややオーバーにいえば、そのことに、心底驚愕せざるをえない。
二カ所だけ引用してみよう。中高年者なら、必ずぐっと胸にせきあぐるものがあるはずである。こういう箇所を読んでいると、「徒然草」が、生と死をめぐる、卓越した省察の書である・・・というのが、よく理解できるだろう。

「志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定(ふぢゃう)なり。ものみな幻化(げんげ)なり」。
兼好は現実家である。ペシミスティックなリアリストであるといってもいい。
仏教思想の影響は色濃いが、では僧侶だったのかというと、そうではない。武士でも、農民でも、商人でもない。後世の人が、そういう人物をさして「隠者」と呼んだのだが、このことばは、中国臭が強すぎる。
稀代のリアリスト、卜部兼好は、いま、まったく新しい、傑出した中世日本人として、わたしの目の前に出現している。


【第九十一段】後半部分
その故は、無常變易(へんやく)の境、ありと見るものも存せず、始めあることも終りなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定(ふぢゃう)なり。ものみな幻化(げんげ)なり。何事かしばらくも住する。この理(り)を知らざるなり。「吉日に惡をなすに、必ず凶なり。惡日(あくにち)に善を行ふに、かならず吉(きつ)なり」といへり。吉凶は人によりて、日によらず。

(現代語訳)なぜなら、無常のこの世で、目に映るものも存在しないし、始まったことも終わりがない。志も実現することはないし、欲望の尽きることもない。人の心は取るに足りないものだ。万物は幻のようなものだ。暫くでもそのままあり続けない。赤舌日を避ける人は、こうした道理を知らぬ人だ。「よい日に悪事を働けば常に不吉である。悪い日に善行すれば常に縁起がいい」という。吉凶は人の善悪で決まるもので、日により決まるものではない。


【第百十二段】後半部分
人間の儀式、いづれの事か去り難からぬ。世俗の默し難きに從ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は雜事の小節にさへられて、空しく暮れなん。日暮れ、道遠し、吾が生(しゃう)既に蹉だ(さだ、「だ」は足偏に它)たり、諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。信をも守らじ、禮儀をも思はじ。この心を持たざらん人は、物狂ひともいへ。現(うつう)なし、情なしとも思へ。譏(そし)るとも苦しまじ。譽むとも聞きいれじ。

(現代語訳)世間の社交の慣わしは、それを不可欠と考えておれば、したい事も多く、身も不自由だし、心の落ち着く時もなく、一生はこまごました雑用にさえぎられて空しく暮れてしまうであろう。日は暮れなお前途は遠い。自分の一生は思うようにはならない。すべての係わり合いを捨て去る時だ。もやは信義も守るまい。礼儀も思うまい。この気持ちを理解できない人は、狂人というなら言え。正気を失った人情もない者と思わば思え。非難されようが意に介さない。逆にその決意をほめても耳を傾けようとも思わない。



※トップに掲げた写真は、日記本文とは関係がありません。

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