二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「私の好きな曲」について

2013年01月09日 | 音楽(クラシック関連)

ちくま文庫に「吉田秀和コレクション」というシリーズがある。そこに「私の好きな曲」という一冊があって、吉田さんの26編のエッセイが収録され、わたしはかつて単行本(新潮社版)で読み、最近また、ちくま文庫で、気ままに読み返している。
その中の最後のエッセイが、ベルク「ヴァイオリン協奏曲」(ある天使の思い出に)に捧げられている。

このヴァイオリン協奏曲の楽譜の裏表紙にはつぎのような一語が書かれている。
Dem Andenken eines Engels(ひとりの天使の思い出に)
だからといって、純粋な「標題音楽」とはいえず、微妙な位置に成立している音楽であるらしい。

《ベルクの音楽の特徴は、肉感的響きの豊かさと情熱的な密度の高さとが仕上がりの精密さと緊密に歩調を合わせていることにあるといってよいのだが、彼の最高の作品となると、さらにその全体を、精神的な透明さが覆っている。そうして、この点で、このヴァイオリン協奏曲こそ、彼の最高の出来栄えを示すものだといってよかろう。》(566p)
《音楽は生について語り、歌い、表現することから発して、ついに死の意味を求めるよう進んでゆく傾きをもつ芸術なのだ。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトといった人たちの創造は、そのわずかな、しかし強力な証しにすぎないのではなかろうか?》(576p)

はじめてこのエッセイを読んだのはいつだろう、もう思い出すことができない。
しかし、吉田さんが、めずらしくひどく熱く語っているのが、とても印象的で、「ああ、20世紀になって、こういう音楽を書いた人があるのか」というところだけ、知識として覚えた。

ところが今日、会社のすぐ近くにあるBOOK OFFを散歩していたら、チョン・キョンファがショルティ&シカゴ響とやったディスクが、500円の棚にあるのに気がつき、買ってきた。
DECCAの輸入盤。
いつからこの棚にならべられていたのか、表紙が英語だったので、気がつくのが遅れてしまった。
「ああ、吉田さんが『私の好きな曲』の中で取り上げていた曲だった」

このCDには、ほかにJ.S・バッハのパルティータ、ソナタもがカップリングされている。
わたしは調性のない音楽は、これまでほとんど聴いた経験がなく、シェーンベルクなども、一度か二度聴いただけですっかり恐れをなして、近づかないようにしてきた(^^;)
そういう意味では、文学のみならず、音楽においても、きわめて保守的。それは認めないわけにはいかない(=_=)
気に入れば、懲りもせず、同じ曲に何度でも耳をすましていられる。
クラシックファンの多くは、そういった傾向を、性格のどこかに濃厚にもっている人である。

ベルクが可愛がっていた少女が、わずか18才でこの世を去ってしまう。その少女はマーラーの元妻、アルマの娘であったという。それがここに登場する「ひとりの天使」にほかならない。
その若すぎる死に衝撃をうけたベルクが――遅筆で知られたベルクなのだが、わずか数ヶ月で一気に書き上げた作品。そうして、それを書き上げた直後に、ご本人ベルクも、50才という年齢で死去する。つまり、考えようによっては、二重の意味で、鎮魂のしらべということになる。

吉田さんは、ベルクのヴァイオリン協奏曲を、20世紀に書かれた、もっともピュアで、美しい作品だと絶讃している。もともと、宇野功芳さんや平林直哉さんと違って、吉田さんは「誇張した表現」に、とても用心深い方なので、ベルクをめぐるこのエッセイには、やや異様なこだわり感じる。

なにはともあれ、これから聴くところなので、わたしの耳にどう響くかはわからない。
未体験の音楽を“はじめて聴く”という、こういう愉しみは、ちょっとほかには比較できない「わくわくドキドキ」をともなうもの(~o~)
そういう点で、初心者のわたしには、この種の愉しみがまだたくさん残されているといえるだろう。


※このヴァイオリン協奏曲誕生の経緯をお知りになりたい方は、こちらをどうぞ!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2_(%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF)

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