二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

真贋  吉本隆明

2010年02月15日 | エッセイ(国内)
通勤経路にBOOK OFFがある。
この店には、どういう理由か知らないけれど、吉本隆明の本が、
105円でならぶことがある。眼にとまると「ほほぅ、この値段なら、買っておこう」
・・・というわけで、吉本さんの本が何冊か、わが家に引っ越してきた。これはその中の一冊。

講談社インターナショナルの辻本充子さんがまとめた吉本さんへのインタビュー。
文の校正や編集も彼女がやり、吉本さんが眼を通したという経過をへて世に出たものである。
吉本さんもお歳をとって、人生を語りたくなったのだなあ、という感想がまず、浮かんできた。しかし、普通にいわれるところの「人生論」とは、いくぶん趣をことにしている。
なぜかというと、日本回帰的な心情はあまり感じられないし、説教臭もほとんどないし、現代社会への関心も衰えていないからである。日本の知識人の中で、こういった「歳の取り方」は、稀有な例ではないだろうか?

小林秀雄や江藤淳と比較しても、「へええ、これが吉本さんの『現在(82歳)』なのか」という思いにさそわれる。
へんな比喩になるけれど、一般的には、高齢になると、情報の弁を閉じ、その「閉じた世界」のなかで、成熟をとげるものでないか。情報を取り入れる弁を全開にしたまま、80年を生き抜く強靱さ! 「老いのさなかにいる人のことばに耳かたむけよ。いずれはきみも、そこへ到達するだろうから」とわたしは呟いてみる。

よくあげられるたとえだけれど、インタビューは、それを受ける側は「鐘」のようなもので、敲く人の技量に応じていろいろな音を出すものである。質問が裏に隠れてしまっているので、辻本さんがどんな人なのかは、まったく見えていないから、歯がゆいところがある。

三島由紀夫批判などはおもしろかったけれど、具体的な内容に踏み込んだ批評は、あえてしないでおこう。文学に関心がある人にではなく、小説や詩にまったくかかわりのない人に向かって、わかりやすく語りかけているから、読めば、ははぁーと、理解できるものがあるはず。わかりやすいが、あまりに通俗的な、テレビのコメンテイターめいた発言をしないところに、この人の真骨頂を感じる。むしろ「常識」に挑戦しているという姿勢を感じる。そればかりか、背後にひそめた、ことばの膨大な蓄積が、片言隻句をゆるぎないものにしている。

『言語美』『共同幻想』『心的現象論』はいうにおよばず、「これまでの主著を、もういっぺん、読まなければいかんなぁ」と、ため息が出たと正直に書いておこう^^;
いままでは、まったく歯がたたず、はじき飛ばされてばかりいたのだけれど。

その一方で、吉本さんの思想が、世界的な視野のなかで、どれほどの普遍性の上にのっているのかが、このごろ、とても気になっている。日本文化が、世界の中で、きわめて例外的かつ孤立的なものなのだとしたら、どうなのか? 外国人は、この思想家を、どう見ているのか? 彼の思想の枠組みや、文体や論理は、翻訳可能なものなのか?
そういった疑問が、つぎつぎわき上がってきた。

ところで・・・本書のタイトルはなぜ「真贋」となったのか?
編集者が勝手につけたか、あるいは、どこか、読み逃がしてしまったかもしれない。


評価:★★★

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