二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

ホーキング未来を語る   スティーヴン・ホーキング

2010年01月07日 | エッセイ・評論(海外)
「私は、『ホーキング、宇宙を語る』が、これほどの成功をおさめるとは予想していませんでした。しかし、それを書いた後で、もっと理解しやすい異なったタイプの本を書く可能性が残されていることに気づきました。そこで、本書では長い文章を書くかわりに、イラストや図版を多くし、その説明を丁寧に詳しくするようにしました。私は読者の皆さんと、これまでなされた数々の発見と描きだされた宇宙の姿への驚嘆を共に味わいたいと考えています。また、研究の大まかな考えは数学的問題をあまり交えずに伝えることができると信じています。その趣旨どおりに本書が執筆されていれば、私の大変喜びとするところです。」(本書序文より)

ビッグバン理論の完成者で、理論物理学の最先端学者、スティーヴン・ホーキング。
アインシュタインの後継者のひとりで、量子重力理論というたいへんむずかしい理論物理学の提唱者だが、専門家以外の一般人に向けた本を書いて、有名になった。
「ホーキング、宇宙を語る」はたしか世界的なベストセラーになって、数度にわたりテレビ出演したのを見たことがある。

宇宙には「はじまり」があり「終わりがある」とする彼の「特異点定理」仮説には、なかなか説得力がある。
本書のなかで、わたしがもっとも瞠目したのは、「クルミの殻の中の宇宙」という一章に書かれているつぎのような考え方。
『われわれが存在するがゆえにこそ、われわれは宇宙がこのようなかたちであることを知るのである』
ホーキングはこれを、人間原理と名づけている。
ホーキングがいう宇宙とは、このわれわれが誕生した宇宙のことだけではない。
宇宙=コスモスとは、いろいろな形がありうることを、彼は理論的に提唱しているわけだが、それが唯一絶対のモデルではない、というのである。ただ人間が誕生したのが、この宇宙であるため、われわれにとって「唯一絶対なもの」と観測されているだけなのだ、と。

つまり、人間は銀河系の端っこにある小さな惑星に住んでいるのはだれでも知っている常識で、星雲は銀河系以外に、数億も存在しているわけだが、現代が論証しようとする考え方によれば、この宇宙=コスモスすら、無数に存在しうる宇宙=コスモスの一つなのである。いわば、人間はこのような時空に閉じこめられているから、宇宙=コスモスをこのように観測しているにすぎない。

わたし(たち)がふだん暮らしているのは、一般的には、実感が支配する世界である。文学、歴史、民族学はいいうまでもなく、考古学や、絵画や音楽、土木・機械工学など。しかし、数学や理論物理学が切り開く世界は、じつは目で見たり、さわったり、耳で聴いたりすることのできない、いわば人間の五感を越えた世界なのである。
ところが、本書にはじつに巧みなイラストが豊富に挿入され、読者を「理解した気にさせてくれる」のがミソである。

タイムマシンは、理論上可能なのか?
つまり、そういった素朴な好奇心から本書に近づく人に対して、ホーキングは読者の「夢」を一刀両断にせず、包み込むように語りかける。
ここで展開されているのは、すべてが「究極の質問」ばかり。
それに対して、最先端の理論物理学は、どこまで、どういうふうに答えられるのか。
そういった意味で、本書が刊行された意味は、極めて大きく、専門をまたぐさまざまな学問のジャンルに影響をおよぼすことになるだろう。
われわれの生活実感からはなれた「究極の質問」は、われわれを、究極の世界へといざなってくれる。

ホーキングは、いまや象徴的な存在となりつつある。車椅子に乗った、天才物理学者。
彼はとるに足らないちっぽけな存在にすぎないのに、そのちっぽけな頭脳が、宇宙=コスモスを包み込み、その外側まで到達してしまう驚異を、だれもが感じるだろう。
本書を十分理解できたとはいわないが、そのへんの大学の先生の手になる祖述書に較べて説得力があるのは、そのイメージが後押ししている。
アメリカン・ミステリのジャンルに、人気の高い「リンカーン・ライムシリーズ」がある。
あの主人公、車椅子に乗った天才科学捜査官、リンカーン・ライムは、このホーキング博士のいわば「パクリ」であろう。


評価:★★★★★

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