二草庵摘録

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「すべての道はローマに通ず」塩野七生(新潮文庫)レビュー

2014年12月07日 | 塩野七生
7-8年前、ハードカバーで読んでいる「すべての道はローマに通ず」を新潮文庫で読み返したので、感想を簡単にしるしておこう。
「ローマ人の物語」の第10巻、文庫本だと、27、28巻に相当する。
このローマ人シリーズの中でも、異色の一編というべき角度から、古代ローマにスポットライトをあててある。塩野さんは本書により、“土木学会出版文化賞”というめずらしい賞を受賞しておられる。
というのも、本書がローマのインフラに的を絞って、専門的な知識がない人にもわかるように書かれているからである。いつもの巻と同じように、図版、写真が豊富。
ローマ帝国とその属州における、古代としては徹底したインフラ(道路、橋、上水、下水)の整備は一般にも知られているだろう。「世界の歴史」などにも、一章を設けて、説明がくわえてあったりする。
しかし、塩野さんは、まるまる一冊、ローマのインフラの叙述にあてている。
ずぶの素人たる著者が、インフラについてここまで資料を調べ、考え抜き、展開したことに眼を瞠らざるをえない。

『古代ローマの歴史には多くの魅力的な人物が登場するが、もう一つ、忘れてならない影の主役が、インフラストラクチャーである。「人間が人間らしい生活を送るためには必要な大事業」であると、その重要性を知っていたローマ人は、街道を始め様々な基礎的システムを整備してきた。現代社会にとっても欠くことができないこれらのインフラは、すべてローマに源を発している。豊富なカラー図版も交え、ローマの偉大さを立体的に浮かび上がらせる』
(表紙カバー裏の内容紹介より)

インフラは国家のやるべき仕事。これこそ、ローマ帝国の基幹システムであったことを、著者は声を大にして、読者に訴える。
塩野さんの本の叙述はくり返しが非常に多いことが特徴になっているが、わたしにはそれが“くどい”とは感じられない。螺旋階段のように、ストーリーがすすんでいく。一度眼にした景色を、3階からではなく、4階、あるいは5階から、また眺めるようなものだろう。
したがって読者の多くは「ああ、これでほぼ全貌を見尽くした」という満足感を得る。

これが著者の文体なのだ、と納得する。
国家なしに文明人を考えることはできないが、彼女は古代ローマに、理想の国家像を仮託している。それは古代ローマと15年にわたって格闘した著者の確信であったろう。
キリスト教が入ってきて、その世界像を変形させてしまう。あるいは異民族の侵入によって、ローマの秩序が破壊される。
「ギリシア人はローマ人の独創として、街道、上水道、下水道の三つをあげたが、これらは三つとも、建設しただけではなく、機能しつづけなければ意味がない。完璧に機能していたからこそ感嘆の対象ともなったのだ」(下巻83ページ)
それを塩野さんは検証していく。しかも、著者以上に予備知識に乏しい読者の興味をそらすことなく、案内してくれる。そして「法律が現状に合わなくなれば、法律をあらためればよい」ということばを、さらりと書いてしまう。

「法律」ということばを、たとえばわたしは「憲法」ということばに置き換えて読んでいく。
すると、そこに見えていた古代ローマの国家像が、現代の日本の指針として、たくさんの示唆に満ちていることに気がつく。
それこそ「ローマ人の物語」が、もっともスリリングに見える瞬間といっていい。
インフラは中世になって衰え、長いあいだ、国家によって顧みられることがなかった。18、19世紀のパリやロンドンが、どれほど不潔で、臭い大都市であったか、語られることは極めて少ない。

インフラ整備はこういったハードなインフラだけでなく、ソフトなインフラ・・・すなわち医療や教育にも及んでいたと著者は語る。国家とはなにか、それを理論や思想として叙述するのではなく、その施策の具体例をあげて論証していくのは・・・、そしてそれを目の当たりにするのは、本書を読む読者の特権であろう。
理念ではなく、システムの構築なのである。
本書こそ、多くの人に「目からうろこ」の経験をもたらすだろうと、わたしは確信する。

人間が人間らしく生きるために必要なものは、まず食と安全。つぎにインフラだと、著者は冷静に見抜いている。読み応え十分なすばらしい一冊としておすすめしたい!



評価:☆☆☆☆☆(5点満点)

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