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二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

正真正銘のドキュメンタリー ~吉村昭「関東大震災」を読む

2022年01月03日 | 吉村昭
■吉村昭「関東大震災」文春文庫(2004年新装版刊。原本は1973年文藝春秋刊)


吉村昭はこの「関東大震災」によって、1973年第21回菊池寛賞を受賞している(正しくは「戦艦武蔵」から「関東大震災」に至る業績に対して)。
1974年、パソコンもインターネットもない時代に、この著作をまとめ上げたのは、相当な力技である。助手だとか秘書だとかを使っていたふしはないので、独力で成し遂げたのだろう。著者の編集の技量に、あらためて感嘆せざるを得ない。

・関東大震災 大正12年9月1日
・吉村昭 昭和2年 東京日暮里に生まれる
・昭和48年 「関東大震災」の刊行

こういう時間軸は最初に頭に入れておいた方がいい。吉村昭は体験を書いているのではない。
正真正銘のドキュメンタリー(documentary)であり、小説的要素はほとんど入り込む余地はない。
ドキュメンタリーとは、
《実際にあった事件などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された映画・放送番組や文学作品など》(goo辞書)を指す。ノンフィクションともいわれるが、同義語として使われることが多い。

《大正12年9月1日午前11時58分、大激震が関東地方を襲った。直後に大規模火災が発生、首都圏一帯は一瞬にして地獄となった。絶叫し、逃げまどう人々──飛び交う流言が、自警団による陰惨な朝鮮人虐殺という悲劇をも引き起こす。本書は、地震予知を巡る抗争にはじまり、被害状況、死体処理、被災者のバラック街の様子から糞尿の処理にいたるまで、未曾有の大震災の真実を掘り起こす。20万の命を奪った“天災”と“人災”を浮き彫りにする、菊地寛賞受賞の名作。》BOOKデータベース

これでもかこれでもかと、数字と地名によって埋め尽くされている。
もし主役がいるとしたら、被災地東京(府)と横浜市。よく知られているように、建物によって圧死した人より、火災によって焼死した人数の方がはるかに多い。死者20万人と一口にいわれているが、厳密な数字には程遠い。
人間ではなく、被災地が主役なのだから、小説にはならない・・・ということだろう。

ペンによる現場からの実況中継といいたいくらい、著者は精魂を傾けて記述している。
データをこと細かにならべ、具体的なエピソードを、慎重な筆遣いで拾いあげる。本書「関東大震災」は昭和48年に刊行されているのですぞ。
21世紀の現代なら、データ、史料に基づくこういったドキュメンタリーの書き手はほかにもいる。パソコンやインターネットの普及が、情報の蓄積・精度を容易にしているからだ。
キカイ音痴の吉村さんは、ワープロにすら終生縁がなかった。
その労苦は想像にあまる。

20万人の死者、被災地は阿鼻叫喚の凄惨な地獄と化している。吉村さんは、その死体の後処理や糞尿の始末の仕方など、入念に調べて記述している。
それらを正視し、たじろがない表現者としての強靭さ(゚Д゚;)
その強靭さにひきずられ、最後まで読み通すことができた。
とくに被覆廠跡地の4万人を超える死者の描写はすさまじい! 昭和48年といえば、関東大震災からすでに半世紀、人びとの記憶が薄れかけていた時代。

それと甘粕大尉による、大杉栄、伊藤野枝の“大逆事件”と呼ばれる虐殺事件の生々しさはどうだろう!? 甘粕大尉の指示で、6歳の子どもまで巻き添えを食っていた事実ははじめて知った。二人を殺したのに、求刑10年とは、いかに恐ろしい時代であったかをものがたっている。しかも、政府や公安当局はこの犯罪を秘密裏に処理するつもりでいたのだ。

「これはフィクションではないのです」という吉村昭のつぶやきが、随所から聞こえてくる。
東日本大震災の直後、吉村さんの「三陸海岸大津波」がブレイクし、たいへんな売れ行きとなった。
こういう警告を発していた作家がいたのだ、ということに、世間は瞠目した。
この「関東大震災」も、警世の書である。関東大震災はいずれまたやってくる。どの程度の人的被害、物的被害をもたらすか、政府や自治体がシミュレーションを発表しているが、いまだ科学は、地震予知に成功していない。起こってみないとわからないのである。

自然の脅威とはいえ、それは地球のいとなみそのもの。
吉村さんがまとめ上げた「関東大震災」は、未来に向けられた、黒い矢である。
歴史学者などがつたえる震災の記述とはひと味、ふた味異なっている。ペンによる実況中継というべき、この生々しさは普通は経験者にしか書けないものであろう。
「これはフィクションではないのです」
このことばの重み思い出すときが、やがてくる。それは、・・・それはすぐそこまで迫っているのかも知れない。









評価:☆☆☆☆☆


※写真はインターネット検索によりお借りしました。著作権等問題があるときはご連絡下さいませ。
なお遺体山積みの凄惨な写真もありますが、引用はひかえておきます。

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