虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

シャボン玉の実験中、新発見!?

2016-01-23 17:33:27 | 理科 科学クラブ

しゃぼん玉の実験中、偶然、「あれっ?」とびっくりするものができました。

 

新発見!?

 

名づけて、シャボン玉ホール。

ポイの代わりに針金やモールを使って、輪っかを作ることもできます。

 

<作り方>

割れにくいシャボン玉液(台所洗剤と水を混ぜたものに、洗濯のりを混ぜて作ります)

で、金魚すくい用のポイのわっかにシャボン玉の膜を作ります。

シャボン玉液を入れた容器の上で実験します。

 

シャボン玉の膜にシャボン玉を乗せていきます。

これだけでも、「どうなるのか?」好奇心がそそられる実験です。

すると、写真のように、虫めがねの凸レンズのような

シャボン玉ができます。

 

さらに、そのシャボン玉を膨らませたり、新たなシャボン玉を乗せたりしていると、

シャボン玉液の水面とポイにできたシャボン玉が一体化します。

次に、そっとポイの上の面のシャボン玉の膜を割ります。

 

すると、シャボン玉の落とし穴のような(コップと表現した方がいいかも)が

できます。すごく不思議で面白いです。

子どもたちは大興奮。

 

ポイに作ったシャボン玉膜にストローをスポイドのように使って

ポタポタとシャボン玉液を垂らすと、

膜の表面をシャボン玉の水玉が滑っていくので面白いです。

また、ポイのシャボン玉の膜に水を多めに落とすと、

シャボン玉の膜を水が通るにに、シャボン玉の膜が割れないので不思議です。

 

ストローにたこ糸を通して作った正四面体。

『数学は楽しい part2』(日経サイエンス社)の本の

『シャボン玉の幾何学』という特集に載っていた

形をストローとたこ糸を通して作りました。

 

シャボン玉やシャボン膜の形を体系的に研究し、その形を支配する簡単な法則を

記録にとどめた最初の人は(100年以上前)、

ベルギーの物理学者プラトーなのだそうです。

それを記念に、シャボン膜状およびシャボン玉状の面の幾何学を議論する

数学全体をプラトー問題と読んでいるのだとか。

 

シャボン玉の3つの原理

①膜は互いになめらかにつながった平面と曲面。

 

②それらの面のつながりは2通りしかない。

3つの面が1本の曲線で出あうか、6つの面が1つの頂点で出あうか。

 

③面と面が出会って曲線を作るとき、

または線または面が1点で出あうとき、それらは等しい角度で交わる。

とくに、3つの面が1つの点で出あうなら、面の間の角は

どれも120度であり、4本の曲線が1点で出あう角は109度である。

 

シャボン玉の膜が120度を作る姿は神秘的。

 

はりきって正四面体を作る年長さんたち。

 

失敗。

 

また、失敗。

1年生の女の子グループも正4面体、正6面体作りにチャレンジ。

 

ストローにひもを通す時は、楊枝にひもをテープで貼って使います。

ひもとモールを通して作った正6面体。

息を飲むほど美しいシャボン膜の姿に場が静まりかえりました。

 

 

 


結果を急ぐ子育て 最初から正解を用意している子育て 

2016-01-23 07:54:50 | 日々思うこと 雑感

 

 

最初に、過去記事からこんなエピソードを紹介させてください。

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<ドーナツショップで宿題をする子>

 午後に休みが取れたので、買い物ついでにドーナツショップに寄って

一服することにしました。

アイスコーヒーを手に席に着くと、隣の席では4,5歳の子が

英語のプリントと格闘していました。

傍らでお母さんらしい女性が、その子に向かってあまりに攻撃的に毒づいているので、

一服ついでに読む予定だった単行本を開く気も萎えて、

こちらまで縮こまってドリンクをすすっていました。

子どもの袖には色から判断すると年少さんか年中さんの名札がとめられています。

その女性はとてもきれいな発音で英文を読んでから、

「アイス」「アーイス」という発音を2タイプのイントネーションで

付け加え、「どっちなの?アイスなのかアーイスなのか?

意味分かんないのに宿題にでるわけないでしょ」と責め続けていました。

 

どうもアイスクリームのアイスなのか、

氷のアイスなのかを判断して単語のつづりを練習していく宿題らしいのですが、

子どもが困惑した様子で押し黙っているので、その方は質問の仕方を変えて、

「アイスは何でできているの?」とたずねました。

それからだんだん声を荒げながら何度も何度も「アイスは何でできているの?」

と繰り返しました。

 

隣のわたしは聞きたくなくても聞こえてしまうその質問に、

「アイスクリームのアイスなら生クリームと砂糖と卵でできているんだろうし、

氷のアイスなら取りあえず水が答えなのかな……。それにしても成分が分かると、

つづりがどっちか判断できるんだろうか……」と暗い気持ちで考えていました。

 

「今日は英語で言ってんじゃないよ。日本語なのにわかんないわけないだろ」

と激しくののしられて、

それまでひとこともしゃべらなかった子が蚊の鳴くような声で

「か、き、ご、お、り?」と答えました。

「まぁ、クラッシャーしたら、そうとも言えるけど。でも、何?氷は何でできてるの?

もう時間ないんだよ。早くやってしまい!」と女性。

 

下を向いたまま黙々とえんぴつを走らせていた子が、黙ったままスッと立ち上がると、

プリントとその子の手首をあわただしく掴んで、その方は店を後にしました。

 

大阪ではこういう光景は特にめずらしいものではありません。

わたしが特別ドーナツ好きというわけでも、

ドーナツショップにしょっちゅう行くわけでもないのだけれど(年に数回?)

なぜか十三でも、天王寺でも、京橋付近でも、西九条でもドーナツショップで

宿題をする子に遭遇しました。

 

塾にしても習い事にしても、その子がどれだけ他の習い事をかけ持ちしているかとか、

他の習い事や学校でどれだけ宿題が出ているかとか、

休日に用事を抱えているかとか、電車通学で時間を消費しているかとか、

通信教材の提出物があるかどうかなんておかまいなしに、

幼稚園児にも宿題を出すのですから。

 

それも、どんなふうに宿題をして、誰が宿題の世話をするかなんてことも、

親が宿題見ているうちについつい熱くなって必要以上に子どもを責めちゃうんじゃないか、

なんてこともおかまいなしです。

 

特にフランチャイズの塾や習い事ともなると、

テレビではキラキラ輝く子どもの笑顔を広告に使いながら、

人間味の感じられないむごい苦しみを子どもに味あわせてしまうことがあるな……と

胸が痛くなりました。

子どもを責め立てていた方にしろ、子どもを追い詰めずにはいられない動機は、

おそらく子どもへの憎しみというよりも、

日本人特有の「出された宿題は絶対しなくてはならない」という

強迫観念の混じった生真面目さから来るものが大きそうです。

 

いろんな人が……いろんな物が……いろんな管理システムが、

子どもをいじりすぎているのでしょうか。

 

ドーナツショップで隣に座っていた子のお母さん(だと思われる女性)が、

ひとつの解答を求めて問いただすような言い方をしなければ、

また普段から子どもの間違いに寛容だったなら、

子どもは「アイス」がアイスクリームを言い表すこともあるし、

氷でもあることに興味を抱いて、自由に疑問を口にしたり、

持論を語ったかもしれません。

 

また、氷は何からできているかという質問を、

氷が細かい氷にもなり、水にもなり、水蒸気にもなるという科学的な興味にまで

つないでいたかもしれません。

 

虹色教室でこうしたクイズを子どもたちに出題すると、

トンデモ発言がどんどん飛び出すなかで、

こうじゃないか、ああじゃないか、でもおかしいな、不思議だな、納得できない、

きっとこうだとぼくは思う、わたしはこうだと考えるわ、といった意見が

どんどん生まれてきて、

「何て世界は面白いもので満ちているんだろう」

「何て自分の頭を使うのは楽しいんだろう」

「何て言葉で表現するのは気持ちいいんだろう」

という思いが子どもたちの間に響き渡るのです。

それは、大人が先にひとつの答えを用意しておいて、

それを答えないと「×」の評価を子どもに押しつけることがないからだし、

時間内に教え込もうと焦ってもいないからでもあります。

「子どもに間違えさせたくない」という余計な心配症で

子どもを囲いこんでもいないからです。

 

実際、学問を深く追求する人々は、「1+1」のようなあたり前に思われていることにも

疑問を投げかけて探求し続けているのです。

 大人にしたって、誰もが理解している知識なんて知れているのですから、

子どもといっしょに「不思議だね」「知りたいね」「なぜだろう」と探求する楽しみを

共感しあうだけで十分なんじゃないかな、と考えています。

その土壌から、子どもの自発的に学ぶ意欲が芽を出すはずです。

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この記事のタイトルは、

「結果を急ぐ子育て  

最初から正解を用意している子育て」としています。

 

子育てにしろ、子どもへの教育にしろ、簡単にスムーズに最高の結果を手にするには、

 

「結果を急がないこと」(「ない」です)と、

「最初から正解を用意しないこと」(「しない」です)が、

重要だと思っています。

 

「結果を急ぐこと」にしても、

「最初から正解を用意すること」にしても

 

前回の記事のドーナツショップで子どもに宿題をさせていたお母さんのように

勉強やしつけの面で、「はやくはやく」と結果をせかす態度のみを

指すのではありません。

 

子どもへの過干渉、過保護といった子育てのあり方も

結果を急ぐ気持ちや最初から正解を求める思いから生じている態度のようにも見えます。

このふたつの態度は、現代の社会に浸透しすぎているので、

ごく普通の親が、ごく普通に子育てしようとすると、

少なからず、このふたつの態度に陥ってしまわざるえないところがあるのです。

 

でも、誰でもやっていることだからと害が小さいのかというと、そんなことはなくて

子育てに関わるほとんどの問題が、根っこの部分で、

これらの態度とつながっているように感じています。

 

結果を急いだり、正解を先に用意したりして子育てしていると

どんな困った事態を招くのでしょう?

 

よく見かけるのは、子ども自身も、「結果を急ぐ」子になり、

即座に反応できる知っていることなら答えるけれど、思考する、熟考する、内省する、

といった態度が極端に少なくなることです。


また、「最初から正解があるものにしか興味がなくなる」ため、

視野が狭くなり、子どもの世界が小さくなることです。

好奇心から自発的に考えていこうとする態度が失われて、

損得勘定に敏感になります。


「子どもの遂行機能が阻害される」という問題も深刻です。

 

遂行機能というのは、

「相互に独立した目的的かつ自己完結的行動を連続的に行う能力」とか

「特定の目的を達成するために、目的を記憶に保持して監視し妨害を排除する技能」

と定義されています。

 

「こういうことをやり遂げよう」と目標を決めて、それに取りかかる間、

気を散らして別のことを始めたり、急に意欲を喪失して、やめてしまったりせずに、

最後まで目的に向かってがんばり続けることができることです。

途中で思わぬトラブルにぶつかっても、柔軟に問題を乗り越えたり、

やりおえた後で自分のしたことを振り返ったり、

次にどのようにしたらいいのかわかったりする力です。

もうひとつ、気になっているのは、「メタ認知力が弱くなること」です。

最初から決まっている結果しか頭にイメージしないので、

全体像を見渡す力が弱くなるように感じています。

 

メタ認知力については、

親が自分のメタ認知能力を上げると、幼児の知力は向上する?

という記事の中で解説しています。

 

「結果を急ぐ」や「最初から正解を用意する」とは具体的にどのような態度を指すのかや、

改善するコツについて書かせていただきますね。

 

 

「結果を急ぐこと」と「最初から正解を用意すること」を少し控えるだけで、

子育ては劇的に楽になるし、

子どもは自立と成長に向かいはじめるはずなのです。

自然に知能も伸びていくに違いありません。

でも、現在の子育ての場で、それはよほど意識して自分の心や言動に注意していないと

難しいことなのかもしれません。

 

それでは、先日、3歳の子どもたちと出かけた下水道科学館での出来事から、

どのような言動に問題があるのか、

どのように改善したらいいかを書かせていただきますね。
 
 
 
3歳の★くん。運動神経がいい笑顔がかわいい男の子です。
わたしといっしょに過ごしている時や園で先生やお友だちと過ごしている時は物分かりのいい子なのですが、
お母さんがそばにいると、静かにしていなくてはならない場で暴れまわったり、厳しく注意してもしつこくやりたい放題したりする困ったちゃんに変貌するようです。
 
お母さんが近くにいる時に、★くんはどうして好き勝手に振舞うのか、お母さんがどのように接し方を代えたら、★くんが、注意を受けたらきちんと聞き分けられるようになるのか、遠足を通して見えてきたことを書かせていただきますね。
 
下水道科学館に入館する前に、★くんたちといっしょに食事をしにいった時のことです。
 
入口のドアは引き戸で、ドアの取っ手の上部に<引>のプレートが貼られていました。
★くんがそのドアをうんうん言って押していたので、★くんのお母さんは、「そこは引っ張るのよ」と言いました。
 
そのレストランの入り口を少し進むと、店内に入るもうひとつの引き戸がありました。
 
そこで、わたしが<引>のプレートを指して、「これは引っぱる時の引くの漢字が書いてあるのよ」と言うと、了解した風の★くんは、次のドアに向かいました。
 
するとお母さんがすかさず、「次も引っ張るのよ!」と言おうとしました。
が、そう告げる前に、★くんは<引>の文字を見つけ、「言われなくてもわかってるもん」という自信に満ちた態度で、そのドアを引っ張りました。
 
その後、店内で子ども椅子を見つけた★くんは、自分で席に運ぼうとしました。
「★くん、待ってね。店員さんに聞こうね。★くん、自分でこの椅子がいるの気づいたんだね。」と言っている間に、店員さんが事情を察して、★くんに椅子の片側を持って運ぶことを許してくださいました。
 
ここでの食事中、★くんは先に食事をし終えて退屈したのか、席を立って、レストラン内を走りだしました
★くんを取り押さえて、再び席に着くように注意しますが、ちょっとすると再び走りはじめ、お母さんがどんなに厳しく注意しても聞く耳を持とうとしませんでした。
わざとお母さんを挑発しているようにも、自分の方に注意を向けさせようとしているようにも、ただ面白くって走り回っているようにも見えました。
 
普段もこんな感じで、ダメと言われることをしつこくし続ける姿があるそうです。
 
★くんのお母さんは、「自分といっしょではない時に★くんはきちんとできるようなので、習い事などをさせて、そこで親以外の人から学習等を教わった方がいいと思うのですがどうでしょう?」といった質問をなさいました。
 
 
ボタンを押すと泡が吹き出す装置の前でこんなことがありました。
 
左のボタンを押すと水槽の左部分から泡が噴き出し真ん中を押すと真ん中から噴き出し、右を押すと右側から噴き出す仕掛けです。
 
★くんがボタンに手を出そうとしたタイミングで、「このボタン、左のこのボタンを押すと、泡がぶくぶくってどこから出てくるのかな?」とワクワク感を誘うような口調でたずねました。
 
「こっち!」と★くんは水槽の左側を指さして誇らしそうな顔をしました。
 
無理にボタンを押しまくるようなところはなく、その姿には、次にわたしが、「それなら、この右のボタンだとどうなるのかな?」とたずねるのを期待するような余白があり、そうたずねると、
ニコッとして答えを言ってから、ボタンを押していました。
 
  
 
次にポンプを押したり、仕掛けを操作したりしてボールを移動させていくかなり凝った行程の触れる展示物にチャレンジした★くん。
途中で、うまくいかない事態に何度もぶつかりながらも自分で知恵をしぼって解決して、最後までボールを動かして得意そうでした。
 
そんな館内の★くんの自発的で自分の頭を使って問題に取りかかろうとする★くんに対して、★くんのお母さんの態度は常にもっと幼い子のお守りをしているように見えました。
 
★くんに「どうなるのかな?」と予測させるような言葉かけや★くんの心でうごめいている疑問や感激に共鳴したり、言葉を交わしたりすることなく、ただ、★くんに好き勝手にボタンを押して回るままにさせていたり、★くんが自分で考える間を与えずに、次にすることを指示していたりしました。