虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

自閉症のトムくん と 新しい成長の兆し 5

2011-11-14 15:59:17 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

トムくんは月に何度かアトリエに通っています。

そのアトリエの先生と親しくさせていただいていることもあって

わたしもトムくんのアトリエ通いに同行させていただきました。

アトリエの話は別の記事でくわしく書かせていただきたいのですが、

今回はほんの少しだけ……。

そこのアトリエでは、活動の後でその日の取り組み方や選んだ素材や色から察することができる

子どもの状態や芽生えつつある能力についてのアドバイスがあります。

 

この日は、トムくんが穏やかでのんびりした様子で活動していたことや、

これまでにはなかった色を混ぜて楽しむ姿があり、

集中力が増してきたため、色の変化する様子を観察する余裕が出てきたのではないか、

といった会話が、アトリエの先生とyoshikoさんの間で交わされていました。

 

わたしが鎌倉に滞在している3日間、トムくんは終始穏やかでした。

以前ならパニックに陥って激しく動揺した態度をしめすような場面でも、

誰かに助けを求めるようなかすかな声をあげながら、自分に注意を向けている人の表情をちらっとうかがって、

そのまま静まって元の活動にもどるか、笑顔になるか、休憩スペースに黙って移動するかで

事が収まっていました。

トムくんは左右の下唇に口内炎ができていて、何かを口にするたびに沁みるようでした。

それにも関わらず、小さな声で痛みを訴えて、

唇に触れてみて、少し首をかしげてかんがえていたかと思うと、

そのまま、また食べ始めることを繰り返していて、一度も騒ぎには至りませんでした。

 

穏やかで落ち着いているトムくんの態度からは、

メタ認知力がつき始めていて、

見通す力がついてきたことによる精神的な余裕が見て取れました。

が、一方で、トムくんには「穏やかさ」とは真逆の態度も見られました。

 

アトリエの一角で、トムくんは金づちで木にくぎを打ち付ける作業をしていました。

金物の本格的な金づちでガンガンと激しく釘を打ち付けているのです。

危なくないかと怖いほどなのですが、意外に的を外しません。

 

確実に狙いを定めて、荒々しいほどの激しさで金づちを

振るっていました。

 

そういえばトムくんの活動は動と静のメリハリがはっきりしてきていて、

静の時も以前のようにぼんやりと意識がはっきりしていないような態度ではなく、

静かに視線で何かに狙いを定めているし、

動の時も、ただバラバラと木製ビーズを手から落とすような時にも、

的になる缶やプラスチックの空き容器に狙いを定めていたことが

思い当たりました。

 

できるだけ「目的」や「因果関係」が

目で見て確認できるよう

わかりやすい場面を作ってあげると、

トムくんの心がいきいきと高揚してくるのが、

わかりやす過ぎておかしくなるほど感じとれました。

 

でも、そうしたトムくんの変化は良いことばかりでもありませんでした。

トムくんはさまざまな場面で自分が取るべき正しい態度を知りたがっており、

ある原因とある結果がシンプルなわかりやすく展開していくことを求める気持ちが強くなっています。

でも現実には、ランダムで混乱するような場面が

たくさんあるのです。

特に、妹のジェリーちゃんは、トムくんがせっかく学んで推理できるようになっている

展開を、たびたび混ぜ返します。

トムくんがルールを把握しかかったところで、

ジェリーちゃんルールを押し通して混乱させがちです。

 

トムくんの学習意欲が高まっていて、さまざまな状況を読み取ろうとしているだけに、

そうしたルールがあいまいで相手次第で状況がコロコロ変わるような場面は

トムくんの神経を疲れさせて、

強いストレスを感じさせているのを感じました。

 

こんなこともありました。

すれ違いざまに、「トムくん、手をつないで、あっちの部屋で遊ぼうか?ぶらさがるおもちゃのある部屋」と

声をかけたときのこと、聞き取れていなかったらしくそのまま数歩先までいってから、

後ろに下がってきて、わたしの手を取り、

「なあに?」という表情で顔を近づけてきました。

「あっちの部屋で遊ぼうか?ぶらさがるおもちゃのある部屋」と繰り返すと、

すごくホッとした様子になって、手をつないで奥の部屋に向かいました。

わたしとしては何気なくかけた言葉だけれど、

トムくんにすると、きちんと正しい指示が読み取れているだろうかと、

正しさを確認するまで緊張感が高まっていたようなのです。

見守る人々の対応が

大切な時期にさしかかっているのかもしれません。

 

次回に続きます。


自閉症のトムくん と 新しい成長の兆し 4

2011-11-14 07:30:15 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

大人が遊びに関わることで、子どもの想像力を高めたり広げたりすることは、

ハンディーキャップのない想像力豊かな子にも

大切だと感じています。

 

トムくんの妹のジェリーちゃんは頭の回転が速い想像力豊かな4歳児です。

ジェリーちゃんと遊ぶとき、

想像力を限界まで駆使するような会話を盛り込むと

心から楽しそうにしています。

ジェリーちゃんとの遊びのシーンをいくつか紹介しますね。

 

ジェリーちゃんは、籐のピクニックバスケットに入った陶器のままごとのお茶セットを取りだして、

コーヒーカップにお湯を注ぐ真似をしていました。

 

「ジェリーちゃん、紅茶をちょうだいな」と注文を出すと、

「紅茶はありません。コーヒーしかありません」ときどった調子で答えました。

 

「それなら、今日はコーヒーを紅茶っていう名前で呼ぶことにしましょう」と言ってみると、

了解した風に「いいわよ」といって、「はい紅茶です」とカップを差し出します。

 

熱い飲み物を飲むふりをしながら、「あれっ?この紅茶、ずいぶん黒いわね」と言いました。

みるみるジェリーちゃんの目がいたずらっぽく輝いて、

「そりゃぁ、当たり前よ。だって本当はコーヒーなんだもん」と言います。

「おかしいな、ジェリーちゃんは紅茶と言っていたけど、この紅茶、コーヒーみたいなにおいがする」とわたしが言いました。

「そりゃそうよ。だって、コーヒーなんだもん」と言いつつ、

ジェリーちゃんはこのこんがらがった状況を心から

楽しんでいる風でした。

ひとくち飲む真似をして、「それにしてもジェリーちゃん、この紅茶はコーヒーみたいな味がするわ」と言うと、

ジェリーちゃんはお腹を抱えて笑い転げました。

そして、大きな声で、「紅茶って名前で呼んでるけど、コーヒーなのよ!ほんとは!」

と言いました。

 

ジェリーちゃんは、まず見えないコップの中身をコーヒーに見立てた上で、それをわたしとジェリーちゃんで

共通の認識として、

それから今日はコーヒーを紅茶という名前で呼ぶというルールを実行すると

どんなことが起こるのか……

2重構造の見立て遊びをしっかり理解している模様です。

そうしたユーモアを楽しみ、柔軟に応じることもできます。

 

また、こんなシーンもありました。

ジェリーちゃんと算数遊びをすることにしました。

クマの形をしたひも通しのおもちゃを前にして、「クマちゃんを隠して、いくつ隠したでしょうってゲームをしようか?」

とたずねると、ジェリーちゃんは最初にいくつあったかも確かめずに

クマの形のボタンをつかむと後ろ手に

隠しました。

得意そうに、「いくつ隠したでしょう?」とたずねます。

 

これは難しい問題です。ジェリーちゃんの気分次第で隠している数を探るのですから。

 

もう少し年齢が上の子だったら、最初にあった数を告げてから隠して、

残った数から隠している数を当てることを教えることも必要かもしれません。

でもジェリーちゃんは4歳ですから、

算数遊びといっても、算数を教えるよりも、数の世界について

いろいろな想像をめぐらせて遊ぶことを大事にしたいと思いました。

 

そこでわたしも本気で、ジェリーちゃんが適当に隠している数を当てる方法を考えます。

「ジェリーちゃん、片手をあげてみて!」と言うと、

ジェリーちゃんはボタンを後ろ手のまま一方に移して、

片手を高くあげました。

「きっと、ボタンは片手で持てる量ね。

6枚は無理、5枚も大変よ。4枚か、3枚か……」と

わたしが言葉に出して推理すると、ジェリーちゃんはうれしさのあまり

満面の笑みを浮かべています。

「ねぇ、ジェリーちゃん、ちょっと手をゆさゆさしてくれる?」とたのむと、

ジェリーちゃんは後ろ手でカシャカシャ音を立てます。

「きっと、1枚じゃないわね。だって、ボタンとボタンがぶつかった音がするもの。

クマは2枚かな?」

ジェリーちゃんは大喜びです。

そして、わたしがどうしてそんな質問をしたのか、

よく理解していた様子です。

次にわたしがクマのボタンを隠す番になると、

たちまち、「片手をあげてよ」と言い、

「片手で持てる量だから、いっぱいじゃないわ」と自信満々で推理してみせました。

「手を振ってよ」と言って、

音がしないと、「1枚でしょ!わかっているもん!だってカシャッて言わないから!」と

とびあがらんばかりの喜びようで告げました。

当たりです。

よほど気に入ったらしく、その後、この遊びに

何度も何度も付き合わされました。

ジェリーちゃんがしつこく遊びを繰り返したがる時というのは、

いつもジェリーちゃんの想像力と思考力の限界に近いところを使って

遊んでいるときだな~と感じました。

 

 

 

 


自閉症のトムくん と 新しい成長の兆し 3

2011-11-14 03:56:30 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

『自閉症のDIR治療プログラム』という著書では、「想像力豊かに考えられるようになること」を

論理的に考えられるようになることの基盤となるものとして説明して、

とても重要視しています。

そのために次のような注意も促してあります。

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周囲と関わりをもち意味のあるコミュニケーションを学び始めたばかりの時期は、集団活動は

一日の10パーセントを超えてはなりません。

集団では、我慢すること、許すこと、指示にしたがうこと、目的を達成することなどを経験

できます。しかしそれは二次的で、この段階では小集団での1対1の関わりが何よりも

重要です。関わりが続くようになり、想像力豊かに考えられるようになって初めて、

他の子どもの活動も経験してよい段階に進むのです。

もちろん、いずれも保護者や大人たちによって進行される必要があります。

( 『自閉症のDIR治療プログラム』S.グリーンスパン

 S.ウィーダー 著 広瀬宏之訳 創元社 p269より)

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自閉症の子に「想像力豊かに考えられる」素地を身につけさせる大切さは、

虹色教室で自閉症スペクトラムの子らとの遊びを通して実感しています。

教室では工作などの物作りとごっこ遊びを豊かにしていくことで、想像力を使って

考えるようになり、次には論理的に筋道を追って考えたことを言葉にすることが

できるようになっていってます。

 

自閉症スペクトラムの子らの場合、物作りといっても

最初は、その子がしつこいほどこだわっていて好むものを大人が作ってあげることと

好む感触の素材で感覚遊びを続けるような形の時期が長いです。

その時期に、大人が物作りとしての技能アップを焦っていると、

「想像力を使えるようになる」という課題を身につけそびれる子がいます。

 

子どもは、しばらくは「作って!」と注文する時期、「こんな風に作って!あんな風にして!」と注文のバリエーションを

広げる時期、感触を楽しんで物をバラバラにちぎったり、上から落として音を聞いたりしながら、「雨!」と命名してもらって、

次に自分もそのように見立てる素地を養う時期がたっぷり必要です。

 

ごっこ遊びにしても、自閉症スペクトラムの子の場合、

鍋のなかに木製ビーズを放り込むときのバラバラいう音や、混ぜるときに

感じる素材の力からくる力動感のようなものを味わう時期が

とても長いです。でも、本人のしたがることを保証しながら遊びにバリエーションをつけていくと

それはいつかごっこ遊びへと発展していきます。

そこでもあせらず、その子が何度も繰り返したがるひとつの活動を突破口として

豊かな想像力を使っていく世界に導いていくための

大人の手助けと環境や素材の力が必要です。

 

トムくんは、これまでは目の前に見えるものが全てで、

興味を持って取り組んでいたことも、ちょっとした間があると、関心がとぎれて

プイッとその場を立ち去ってしまいがちでした。

それが今回会ったトムくんは、ひとつの興味の対象に長い時間、注意をとどめておく

ことができるようになっていました。

また興味の対象も増えてきて、物事の流れを記憶しているものも

いろいろありそうでした。

 

しかし、そのようにトムくんの内部で何かが育ってきていることは

視線や表情から察することはできても、それをアウトプットして洗練させていく

ことは難しいように見えました。

そこでわたしは、トムくんに芽生えてきたように見える「興味を持続させて

想像力を使って何かに取り組む力」を、

アウトプットしやすい環境を整える工夫を提案しました。

 

トムくんの「工作コーナー」を作り、

「トムくんの創作意欲が刺激されるものだけを

扱いやすい状態で設置すること」

「白い段ボール」に切り込みを入れて、

上部はビー玉コースターのスターターやくるくる回転して落ちる部分が

箱に乗せるだけで変化させることが可能なようにしました。

側面の切り込みは2か所でビー玉コースターの通路の1本をそれに通して固定して、

扱いやすく崩れない状態で、上部の穴から落ちたビー玉が転がって外に出てくるように

しました。

 

これは、思った以上の大成功。

トムくんはたちまち工作コーナーとビー玉コースターの仕掛けに

夢中になったのです。

ただ夢中になるだけではなく、

ひとつひとつの道具をためしてみながら、

うまくいかないときは、パーツを変えてみたり、パーツを調節して回転させてみたりして、

うまくビー玉が落ちるように試行錯誤して考えるようになりました。

 

これまでこのビー玉コースターはビー玉を転がす感覚を楽しむ

おもちゃにはなっても、それ以上、遊びが発展することはありませんでした。

理由は、力を加えると崩れてしまうので

そうしたおもちゃの作りの安定の悪さが、興味の持続を奪っていたのです。

また試行錯誤するにしては、どこに注目すればいいのか難しかったようなのです。

白い段ボールから一部分だけが出ている状態だと、

どこに注目して、どれと交換して試行錯誤すればよいのか

課題が見えやすかったようです。

 

トムくんがよく考えて熱心に遊ぶ姿に

yosyikoさんもトムくんのお父さんも

トムくんにこんな潜在能力があったのかと

非常に驚いておられるようでした。

 

(↑の写真は近いうちにアップします)

次回に続きます。