虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

母の形見

2009-04-22 10:27:43 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)
日曜日の晩、母の容態が急変し、
あわてて四国に向かったのですが、
残念ながらフェリーに乗る直前に、
息を引き取ったという連絡がありました。
月曜の晩に帰省する予定を立てていたので、
もう少し早く帰っていたら…という思いと
最後にせめて妹が付き添ってくれていたのが救いだったという思いでいっぱいです。

何度ももう少し早く帰ろうとしてたのですが、
田舎でひとりで母の看病をしている父から、
今は入院のことでバタバタしているから、ちょっと落ち着いてから来てほしい…と言われて躊躇していました。
先週末、父から「帰るように…」という連絡があったので
妹や姪っ子に先に帰っておいてもらって、
私は月曜に…と四国に発つ心づもりをしていたところ、
母の容態が、急速に悪化し、あっけなく逝ってしまいました。
母を看取ってあげられなかったのは、とても悲しいです。

葬儀の前の晩から朝まで、
母のそばにいる役をさせてもらえたのがせめてもの救いでした。
前日に葬儀場に泊まった姪から、
「こういうところで寝ると何だか不思議なことがあるよ。夜中に
急にポットのメロディーが鳴り出したり…」と聞いていたので、
母に会えるのなら、どんな姿でもいいから出てきてほしい…と
思いつつ休みました。
真夜中の1時を過ぎた頃、ガランガランバリバリ…いう音と寒気で
カミナリか…?と目が覚めると、母の枕もとのろうそくが消えています。
隣でいっしょに泊まってくれていた息子も目を覚まして、
激しく鳴り続けるガランガランバリバリいう音と、私の頭上のあたりでだけしている雨粒のパラパラいう音を聞いていました。

おそらくこの葬儀場の屋根の形などのせいで、風や雨の音が
シンバルのような楽器を鳴らしているような音を響かせているのでしょうが、
それでも母がそばにきて、ろうそくの灯が消えたことを知らせてくれたように
感じてうれしかったです。

以前書いた母の記事です

手芸が好きだった母は、パッチワークの大作も作っていたのですが、
私は何だか母らしいメルヘンチックな刺繍の小品(写真)を形見にもらいました。
私のピアノの発表会の服をリフォームしてちょいちょいっと遊びがてらに
作っていたもので、なつかしかったので…。

レッスンは今日まではお休みさせていただきます。
明日の夕方からはいつも通り、レッスンを再開させていただきます。
ご迷惑、ご心配をかけた方々、どうもすいませんでした。

私の家族について書いた過去記事です。

(リンク先がまちがっていたので直しておきました)

☆同じ屋根の下で 1
☆同じ屋根の下で 2
☆同じ屋根の下で 3
☆同じ屋根の下で 4
☆同じ屋根の下で 5

☆親のコンプレックスと子どもの困った行動


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