学びのプラスあるふぁ:日常の気付き

人の人生、それぞれが皆オリジナル。街を歩き人に話しかけることから「なるほど」と納得できる発見がある。

霞立つ長き春日に…

2022-03-11 16:23:13 | 日記
 昨日に続き今日も春が本当にすぐそこまでやってきたと思わせる暖かさ。朝夕は少し冷え込むとしても昼間の陽光は春そのものである。冬の間に我が家の屋根の影が位置していたところに印をつけておいたので影がどれほど南に移動したかを測ってみた。巻尺を使ってではない。僕が履く26センチの靴の片方を利用して測ってみると5足分と半分の長さ。大体1メートルと30〜40センチの長さとなった。間違いなく太陽は春に向かってその軌道(黄道:こうどう)を変えているのがわかる。人と太陽の関わりは遠い古代の人々から伝わって現代に、などと考えていた。
 さて春が来るのはいいのだが世の中には花粉症で春を感じる人も多くいる。僕は留学時代日本で言う花粉症(hay fever 干し草によるもの)に悩まされた時期があった。日本ではスギ花粉(cedar pollen)で春は大騒ぎになる。花粉情報も出るほど深刻な問題であることはご存知の通りだ。鼻がむずむず、くしゃみが連続して出始めると日本の春がやってきたと感じる人もいる。
 今朝はとうとう春霞(はるかすみ・しゅんか)が立つ(起つ)現象に出くわした。昔の人は春は霞と共にやってくることを知っていた。太陽は出ているのだが何となく景色がぼやっと霞がかかっているのだ。俳句や和歌、百人一首にもよく登場する春霞、昔の人は本当に自然をしっかりと観察して生きていたことがよくわかる。とはいえ春霞に恋の思いを重ねては、愛する君に会えない、見えない、見えにくい、などと昔の人が嘆いているような恋心を表す春霞というような悠長なことは言ってはおれない昨今の世界情勢。春が遠くに見えないどころか砲弾に逃げまどう日々を暮らすウクライナの人々のことを思うと心が痛む。彼の地の人々に本当の春を、と祈る。

月を見上げて『荒城の月』を歌うと

2022-03-08 17:21:14 | 日記
 アメリカに留学していた頃、夜に寮の中庭に出て日本に思いを馳せるなどということを楽しんだものだ。歳をとって最近は月を見上げて物思いに、などということはあまりすることがなくなったのはなんとなく年齢の進行と逆の傾向だと思っていたが、一昨日と昨日はちょっと冷え込みがあるのに庭に出てジャンバーのポケットに手を突っ込んで空を見上げた。完璧な三日月をじっと見上げるているなど本当に何年振りのことだろう。特に日曜日の三日月は雲ひとつない空に絵か写真のように完璧な姿で妖艶な光を放っていたのだ。
 “月は寂しい時に話しかける友人だ The moon is a friend for the lonesome to talk to”、と言ったカール・サンドバーグというアメリカの詩人がいた。 三日月のパワーは優しさや思いやり、包容力などど聞いたことがある。だから三日月はじっと見上げて人に物思いにふけさせる力があるのだろうか。何となく寂しい時は夜空に浮かぶ三日月には癒しがあると僕は思う。不思議と満月ではないのはなぜだろう。
 月で思いつくのは唱歌『荒城の月』、春高楼の花の宴…に続く第4番にこの歌の真意があるという。“♪天上影は変わらねど 栄枯は移る世の姿 写さんとてか今もなお ああ荒城の夜半の月♪”、というくだりは天井の自然の力は変わらないけれど、人の世の栄枯盛衰は世の姿、それを映して荒城の上に月が輝いている”という無情の世界を作詩者土井晩翠は表現しているという。一人でそっと月を見上げて歌ってみるとなぜか涙が溢れてくるという不思議な月と歌の組み合わせである。人生の浮き沈み、涙は人に人生のどのような1ページを思い出させるのだろうか。

「まさか!」という名の坂

2022-03-04 17:06:18 | 日記
 東大阪市立郷土博物館が生駒山のほぼ中腹といえる場所にある。中腹と一言で言えばなんということはないのだがそこに至る道程は「うそ!まさか!この坂を登るの!」、という勾配の坂道を登った突き当たりに博物館は位置している。心臓が破裂するのではないかという上り坂を休み休み必死に耐えてやっと約1時間をかけて登りきった。この辺りは小さな古代墳墓が点在している場所で博物館の前の小さい広場には“山畑22号墳”の岩の入り口がポッカリと口を開けている。博物館正面の受付で名前などを書き込んで『河内国(かわちのくに)へのいざない』という小さな三つ折りのパンフレットをもらった。人が住み始めた2万年前から僕が活動的に生きた昭和の時代までの道具などが展示されている。じっくり見れば懐かしい昭和グッズが楽しめる。
 ところで今日の話の焦点は郷土博物館ではなく苦労して登りきった坂道の話だ。この辺りに住んでいる人はどのような生活をしているのだろう。買い物はすべて麓の近鉄奈良線瓢箪山駅付近まで下りなければならない。毎日足で歩いて往復のできる坂道ではない。多分タクシーや車を使っているのだろう。なぜ、どうのようにしてこの地に家を建て住まいされるようになったのか興味が湧く。博物館に向かう途中、ミニトラックがやっと登れる勾配の坂道でお見受けするところ70歳ぐらいの長靴の男性が僕を追い抜いて、「ここはきついやろ。わしは毎日ここを畑まで登るけど、やっぱりキツくなってきた」と言って足を止めることなく通り過ぎていった。そういえば石垣だらけの住宅の間に点々とやはり石垣の畑が存在する。そこで育てられているいろんな野菜が目に入る。人の行く坂道には上り坂と下り坂、そして僕が味わった「ウソ!まさか!」という“坂”がある。春の陽光の中で、人生の三つの坂を経験することとなった。

陽気に誘われて

2022-03-01 16:21:42 | 日記
 昨日は久しぶりに寒さから解放されて春を身近に感じられる1日だった。女房と“歩こう”ということを思い立って我が家からおよそ1キロ離れた銀行までの往復を歩いてみた。早足では歩けなかったけれど健康に良いことをしているようで心まで何か解放されたように感じた。途中、多分同じような意図で外に出てきたのであろうやはり老夫婦がぶらぶら歩きを楽しんでいた。奥さんの方は腰が曲がってややしんどそう。後ろをご主人であろう男性が見守るように歩いている。
 読売新聞の記事、加藤茶さんの45歳年下の妻カトウ•アヤナさんの記事を不意に思い出した。歳の差もなんのその二人で仲良く暮らしているという。結婚当初は歳の差を理由に様々な非難があったという。遺産が狙いだとも言われて落ち込んだという。でも介護の勉強をしたり料理で加藤茶さんの健康を考えたり介護資格を取得したりと献身的な妻をやりきっている。
 夫婦に関する名言や格言を調べてみるとほとんどのものが一見あまり肯定的ではない。とは言えそれらがどこかにユーモア的な皮肉を感じさせるものもだという理解の仕方を僕はしている。子供が独立して自分の家庭を持つ頃にはほとんどの老夫婦は二人きり。「夫婦とは」という大いなる課題に取り組むこととなる。長く一緒に暮らしてお互い歳を取れば「恋愛と結婚は別物」と言える心の余裕はできるだろうか。「夫婦が長続きする秘訣は、一緒にいる時間をなるべく少なくすることだ」といったアメリカの映画俳優ポール・ニューマン(2008年9月、83歳没)は多くの老夫婦に人生の最終段階は自分がしたいと思うこと(配偶者を無視した専横、ワガママ好き放題という意味ではない)を大切にということを伝えようとしていたのか。「結婚してもしなくても人は後悔することだろう」などと意味深な言葉を残した人もいる。