学びのプラスあるふぁ:日常の気付き

人の人生、それぞれが皆オリジナル。街を歩き人に話しかけることから「なるほど」と納得できる発見がある。

老脳を刺激した「ぶっちゃける」

2022-05-17 16:19:22 | 日記
 朝は皆が黙々と目的地に向かう。先日は新一年生だと思われる子供が二人、黙って肩を並べて学校に向かって歩く姿を目撃した。ランドセルがピカピカで真新しいからそう思った。後ろ姿はまるでランドセルから足が生えたのかと思わせるほど背中のランドセルが大きく見える。手には何やら布袋を下げていて、一年生とはこんなに小さくて可愛いのだと目で追った。
 今日は別の新一年生の三人組が僕の家の前を家路に向かって賑やかに通り過ぎた。ところが30メートルほど先でどうしたのか突然一人が何かにつまづいて両手を地面に前のめりに倒れ込んだ。あっという間の出来事で、背中のランドセルから中の教科書、鉛筆などが道路に飛び出したようだ。ランドセルの蓋の部分をきちんと止めていなかったのだろう。「だいじょうぶ?」という後の二人の声と「たけちゃん、ランドセル“ぶっちゃけた”」と隣を歩いていた子が叫ぶと、なぜか三人が大笑い。気まずい気持ちを笑いで誤魔化しているのだ。倒れた本人も立ち上がって大笑いでひとまず安心した。「ぶっちゃける」という言葉がなぜか僕の耳に残った。
 「ぶっちゃける」とはいろんな意味を持つ言葉。“本音を隠さずに話すこと” などと辞書にはあるが、確かにカバンなどの中身をすっかりぶちまける時にもこの言葉は使われる。僕の断捨離は机の引き出しをまず床の上にぶちまけて、引き出しを空にすることから始まるのだ。“ぶっちゃけ”、引き出しの中には後生大事に大切にしなければならないものなど厳密にはほとんどない。歳をとるとはそんなものを早く整理、身軽になることだと気づくことだ。

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