猫田ジャレの 『 天然!にゃー語 』

~ 見ネコ聞くネコ言うネコの とびきり天然な日常 ~

改めてご紹介 ・・・ 今井茂之さんの曲、その他

2013年03月28日 | ピアノ・その他音楽
先日、児文研同期の仲間、Fこと今井茂之さんの曲についてご紹介させていただきましたが、補足があるため、改めて違う項目として、こちらの方にまとめさせていただくことにいたします。( 向こうから一部移動 )

既にお読みいただいている方には、重複している部分もございますが、後半部分は大幅に書き加えておりますので、今一度目を通していただけると、幸いに存じます。 



大学在学中より音楽活動をしていた( 主に作詞作曲。たまに自分でも歌う ) 今井さんですが、


これまでに自主製作のカセット十数本、CD4枚を出していて、私はほぼ全部持ってまス。(^^)v

周りの白っぽいカセットはデモテープみたいなので、カラーの写真やデザインになっているものが、ちゃんとしたアルバム。(中には、箱だけで中身のないものも・笑。(^^;)ゞ)

けっこう仲が良かったので、カセットやCDが出るたびにくれるので(笑・でも、販売した時にはちゃんと買ったこともありますよ)、彼の曲は当時、ものすごく聞いてました。今の、ALFEEくらい・笑。

同じような夢を持つ仲間として応援もしていたし、色んな思いが重なり、彼の曲が、大好きでした。


色々と思い出すと、それぞれが感慨深いですが、
現在縁あって再び東京にいる今井さんが、一度事情により郷里に戻ったことがあり、その時、東京に思いを寄せつつ作ったアルバム 『TOKYO』 (カセット中段左で、東京駅舎をバックに彼が立っているデザイン)が、一番好きです。
当時私はまだ東京にいましたが、志半ばで東京を後にする彼の気持ちが痛いほどわかり、胸が熱くなりました。


上の写真は、数年前に出した最新のベスト・アルバムで、『 Flowers Of Time 』のジャケット。CDだと、前列右端のものになります。



そして、数年前からは、今井さんの友人で、台湾出身のライターで音楽家の 「ゆうじさん」 のつてで、台湾に活躍の場を広げ、現在台湾のレコード会社からCDを出したりしています。



 台湾版、今井茂之さんの曲は、こちらで聞けますので、よろしかったらぜひ、聞いてみたください。(^_-)☆  (ご本人掲載許可済み)

( ごめんなさい。リンクがうまく貼れませんでしたので、下記アドレスををコピーして、検索していただければ、You Tube のページが出てくるので、そこをクリックすると行かれます。 )



 【 千紙鶴 】(2011年)
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=rlTrr4dsGWg#at=12

YUJI(黄士祐)さんの病気治癒を願い、ファンの皆さんで千羽鶴を折り病室に届けたという、実際にあった話をもとに作られています。
作詞と歌はYUJIさんで、シングルで、台湾語チャート3位になりました。心に沁みる、静かに美しい曲です。


http://www.youtube.com/watch?v=tawgkHyc2ps

こちらが、ゆうじさんのファンの方が作った千羽鶴(台湾語では千紙鶴)のPVです。

ファンの方々が一生懸命に折った千羽鶴と一緒に、このPVが入院中のゆうじさんのもとに届けられたそうです。
今井さんは、千羽鶴の話は知らずに、闘病中だったゆうじさんに「何もすることがないから、詞を書きたいので曲をちょうだい」と電話で頼まれ、元気になるように願って作り贈った曲についた詞が、この曲になったそうです。( ファンの人たちも今井さんも、ゆうじさんの病名や、大変な状況を知っていてのことです。)

千羽鶴を送ってくれた人々への感謝の思いや、当時の自分自身への気持ちを書いたのではないかと、今井さんは言います。

その後、無時退院したゆうじさんは、今も日本と台湾を行き来しつつ、元気に音楽や執筆などの活動をされているそうです。
ファンの方々の熱い想いが届いたのかもしれませんね。



【 哈尼哈尼(honey honey) 】(2012年)
http://www.youtube.com/watch?v=PiaSkNvpTe4

今井さんが郷里に戻っているときに、地元の劇団に所属していたことがあるのですが(主として音楽担当)、その時のメンバーに頼まれて作り、送った曲の一つ。原題は、全く別のものなので、こんな風になるのだ、と思うと楽しい曲です。かなり以前に作った曲なのですが、こうして日の目を見ました。
原曲の詞は今井さんですが、こちらは黄士祐さんの作詞で、軽快なデュエット曲になりました。



【 櫻桃嘴唇 】作詞:黃士祐 作曲:今井茂之 編曲:范揚景 (2013年)
http://www.dailymotion.com/video/xw9h35_yyy-y-yyyy_music

李婭莎(サーシャ・リ)さんに提供した曲で、「さくらんぼのくちびる」と言うような意味だそうです。
こちらも、原曲とかなり違う詞と曲名になり、そして編曲により、かなり雰囲気の違った曲調になっています。
上記二つは、原曲を知っているだけに、へーえ、あれがこれに!?  みたいな。  そう考えると、歌(曲)って、こんなにも変化するものなんですね。 ( 歌う人が違うだけでも、雰囲気が違うしね。文章ではそういうことがないから、新鮮な驚き。 )




今井さん、ここ何年かは、ご家族の事情などがあり、新しく発表したものは少ないですが、とにかく、これまでのストックがものすごく多いので、今後の活躍が期待されます。 

それにしても、そのような困難にもめげずに、着実に歩んでゆく姿には、敬服してしまいます。( 先日聞いたところによると、新しいものも既にいくつかできているそうで、す、すごいっ!!  と思っちゃいました。 )

昔からずっとその姿を知っていて、同じように夢を追うものとして、刺激しあい、励ましあい、心から応援してきましたが、私も、負けずに頑張らねば、と思った次第です。 


ほんと、『 あきらめない夢は終わらない 』( by.Takamiy ) ですよね。 (^_-)☆ 



     *   *   *   *   *



そういえば、今井さんは、児文研では劇パート、子ども向けの人形劇やペープサート( 紙でてきた平面的な人形のようなもの )などを主に上演活動するパートでしたが、ご本人も、在学中のある時期に、某俳優養成所に通っていたことがあります。

劇パートで、大学在学中に児童劇団の養成所に通っていた人は意外と多く、そのうち何人かは、卒業後に児童劇団 「風の子」 や、ミュージカル劇団 「ふるさときゃらばん」 などに進みました。

私のように、文学パートで、卒業後ミュージカルの養成所に通っていたものなどは、めったにいませんでしたが (あ、でも子ども会パートでふるさときゃらばんに進んだ人はいるな)、
当時、児童劇でない養成所に通っていた今井さんと、あと、当時はやっていた「タップ・チップス」( 映画『昨日、悲別で』 で一躍脚光を浴びた、タップ・ショーを上演する、お店と団体の名前 ) の、養成所みたいなのに通っていた変わり種? もいました。 



児童文化を研究する、という趣旨のサークルなので、当然、卒業後に教員や児童関係の仕事に就く人は多いのですが、
けっこう、芝居や音楽などの表現活動が好きで、そちら方面に進む、あるいは趣味として続けている人が多いのも特徴です。

なんたって、新入生歓迎の際、ギターに合わせて振り付きの歌を歌いながら、目立つところでパフォーマンスをしていた団体で、
サークル内でも、ことあるごとにフォークソングや歌声喫茶風の歌、子ども向けの歌や労働歌などをしょっちゅう歌っていたくらい、歌うのが大好きな集団でしたので、
今思うと、さもありなん、と言う感じです。
( 詳しくは、本家HP 『あの頃青春だったかも』 をご参照ください。)

大学には芸術学科もあったので、美術関係に進んだり、造詣の深い人も多かったりします。



それで、親がそうだと、子どもも似るのでしょうね。

先日のくれよんの集まりで、Cの娘さんが日芸(日大芸術学部の通称で、多くの文化人を輩出していることでも有名)に進み、ミュージカルのサークルをやっている、とか、
コムの娘さんも、都内の某女子高(中学から大学まで一貫で、なんと、うちの姉の後輩でした)で、この春からは大学の美術専攻へ進むそうで、軽音楽部に所属し、写真が好きだったり、他にも趣味でちょっと芸術っぽいことをしているらしく・・・、


やっぱりカエルの子はカエルだね~、とか話して、笑いあいました。  


Cは、一期下ですが、私たちと年は同じで (でも頼りないから、同じ年にどうしても思えないのだが(^^;) 失礼。かわいいってことよ。(^_-)☆ ← フォロー・笑)、
当時からビートルズが好きでギターなんかも弾いてましたが、今でも大好きみたいで、
なんと、スマホ・カバーは、ビートルズのアルバム 『リボルバー』 のジャケット、ストラップは、イエローサブマリン(ビートルズのデザインのもの)にするという凝りようでした。


ついでながら、ALFEE の坂崎さんが、仲間と毎年開催している 『Der.Beatles』( THE BEATLESをこよなく愛するミュージシャンにより演奏される、THE BEATLESの楽曲を楽しむイベントで、今年で11回目)にもCは行ったことがあると聞き、びっくりすると同時に、なんだか嬉しかったです。
子育て中の身に、チケットの出費はちょっと痛くて、最近は行ってないみたいですが、
そういえば今年のディァ・ビーは、「リボルバー」の全曲演奏だったそうですが、Cは知っていたのかな。

Cはこのジャケットもアルバムも大好きだそうですが、
ALFEEや坂崎さんにとっても、このアルバムがどうやら特別の意味を持つようなので・・・、


長くなるのと、項目が違うため、また別の場所で書こうと思います。



ついでながら、
坂崎さんと言えば、同じく同期のWとたぶん同じS区に住んでいると思われますが、
そのS区で、路上ネコちゃんに避妊(または去勢)手術をしたり、病気のネコを引き取って世話したり、元気になれば里親を探すなどの、名前はよく知らないけど、そういう路上ネコちゃんを保護して守る団体みたいなのに入っている(もしくは主催している?)と、彼の著書 『ネコロジー』(2001年、音楽専科社) に書いてあったように思うのですが(かなり前に読んだので、違っていたらごめんなさいm(_ _)m)、

Wは、今うちで飼っている猫は、S区のなんとかいう団体から、里親募集していたのを引き取ったのだ、
その団体は、ネコのことを考えていて、里親の家を見に来たり、その後の様子を確認したり、ちゃんとしたところだったよ、というので、

S区なら、もしや坂崎さんの関係している団体かも・・・???

なぁーんて思ったりして、なんとなく嬉しかったです。

勝手な想像なので、全然違ってるかもしれませんけどね。 




全くの、単なる偶然かもしれないし、自分の思い込みに過ぎないかもしれませんが、

かつての仲間たちや共通の好きなこと、目指していたもの、そして現在の興味などが、

どこかで繋がっているのかなぁー、

と発見できたのは、なんだかとても嬉しかったことです。  



先日も少し書きましたが、児文研卒業後に、180度も違うような場所で生きてきたので、
昔を懐かしむことなどほとんどなかったし、
むしろ、それを否定? しないと生きて来れなかった部分があり、
それでずいぶんと苦しい思いをしたこともありましたが、

なんだろ、

この年になって、振り返ってみたからこそ、見えてきたもの? って、あるのかな。



それとも、単に、年取っただけ、っつぅ見方もある・笑。   




( ※ 本文中の該当の方々には、すべて掲載許可を取ってあります。)





《 補足 》

▼YUJI(黄士祐)さん・・・日本在住23年の台湾出身のシンガーソングライター。
日本の最新ファッション情報などを台湾に紹介する記事を書く傍ら、台湾語の歌の作詞作曲をし、台湾語歌謡の女王、江さんなどにも曲を提供している。
また、2006年には「煙花」という小説を発表するなど、多岐にわたる才能を発揮している。

今井さんの創る曲が、自身は書かない曲だということで興味を持ってくれ、親交が深まったという。
今井さんの良き理解者でもあり、台湾における今井さんの音楽活動の橋渡し的役割をしてくれている。


▼ゆうじさんの闘病と 『千紙鶴』 について

ゆうじさんは、2006年3月に突然、末期に近いリンパ癌であることを宣告される。
有効な治療法が現れずに、もうこのまま人生が終わってもいいと思うほどだったというが、彼が作った曲や小説でゆうじさんを知ったファンの人たちが、彼の病室に5つの大きな箱に詰まった千羽鶴と、病気治癒を願い千羽鶴を折り、祈りを捧げるファンの姿を映したPVを届けてくれた。
会ったこともない人たちの自分に対する強い励ましに動かされたゆうじさんは、20%の可能性に賭けて最後の治療法を受ける決心をし、曲を友人の今井さんに依頼しつつ、病室で点滴をしながら「千紙鶴(千羽鶴)」の詩を書き上げた。
そして、2年近くの闘病の後、ゆうじさんの中の癌細胞は見事に消えたのだという。

元気になったゆうじさんは、癌との闘いの中で得た思いと、ファンへの恩返しのため、『千紙鶴(千羽鶴)』というミニアルバムの完成、発売につぎつけた。



※ 以上、今井さんの話や、ネット上の文献等を参考にさせていただきました。





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