【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

過去の未来

2022-05-06 18:33:40 | Weblog

 昔のSF作品を読んだり見たりすると、今に通用する先進性を感じることもありますが、ときにものすごく古めかしいと感じることもあります。たとえば喫煙。昭和の時代に、今のように喫煙が激減するとは誰も思っていなかったから、21世紀の世界でも多くの人が煙草を吸っていたりするんですよね。

【ただいま読書中】『日本アニメ誕生』豊田有恒 著、 勉誠出版、2020年、1800円(税別)

 1961年早川書房の第一回SFコンテスト(当時の名称は空想科学小説コンテスト)で入賞した著者は、SF作家としてデビューします。同じコンテストで入賞した平井和正が少年マガジンで漫画「エイトマン」の原作をしていましたが、それがテレビアニメになることと也、著者に「シナリオライター」の口がかかります(当時のプロは「けっ、テレビ漫画だと? 馬鹿にするな」だったので、素人で才能がありそうな人しか使えなかったのです)。シノプシス(梗概)という言葉さえ知らない素人(著者はまだ大学生)にプロデューサーやディレクターは「ズーム」「SE」といった“業界用語"を教えると同時にシナリオの書き方も親切に指導してくれました。実はテレビ局の人間もテレビアニメについては素人同然で、泥縄以前に、泥棒を捕まえてから縄をなうやり方を習う、という感じだったのです。絵コンテまでは局で作れますが、その先は制作プロダクションに任されます。しかしそこはCM用の数十秒のアニメ制作経験しかないところ。こういった状況で毎週30分のテレビシリーズを……無茶です。無謀です。
 シナリオの稿料は手取り18000円。当時の大卒サラリーマンの初任給とほぼ同じ。しかし若さゆえかあっという間に金は消え、スポンサーの丸美屋からもらったエイトマンふりかけをかけただけの飯をかきこむことがけっこうな確率であったそうです。ともかく、その仕事ぶりが評価され、手塚治虫から「2年目に入った鉄腕アトムのオリジナルシナリオを書かないか」と誘いがかかります。
 小学生の時白黒テレビで私が熱中して見ていたのは「狼少年ケン」「鉄腕アトム」「鉄人28号」「エイトマン」などですが、その内二つのシナリオを書いていたとは、著者はすごい。虫プロ嘱託の身分ですが、月に一本シナリオを書いたら月収64000円が約束されます。シノプシスを数本書いて提出、手塚のOKが出たらその夜は徹夜でシナリオに仕上げます。著者は当時知らなかったのですが、アトムは大変な状況だったのです。雑誌に連載したストックがたっぷりあったはずですが、それを1年でほぼ使い切ってしまった状態で、オリジナルのシナリオがどうしても必要だったのです。
 ここで著者が見た手塚治虫の壮絶とも言える奮闘ぶりには、頭が下がります。彼が身を削り私財を投じてくれたから(そしてその姿に共鳴した多くの人が同様に自身の身を削って奮闘したから)日本に「アニメ」が定着したのです。
 アニメで育ち、やがてそこから離れてSF作家として自立した著者ですが、やがてまたアニメの話が舞い込みます。そこで著者がひねり出したのが「宇宙戦艦ヤマト」ですが、その“元ネタ"が「西遊記」だったとは、驚きました。著作権についても、なんともシビアな話が紹介されます。
 アニメ制作の裏話はすでにいろいろ出版されていますが、シナリオライターの目からのものはなかなか貴重と言えるでしょう。現在「日本アニメ」は「世界に誇る日本の財産」ですが、かつては良くて軽視、悪ければ軽蔑の対象だったことは私も覚えています。時代は良い方向に変わった、と私は思っています。

 



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