【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

日本の植民地

2014-10-25 07:21:59 | Weblog

 歴史に「イフ」はない、とは言いますが、戦前の日本軍部が「中国を降伏させること」ではなくて「中国は温存して、そこからできるだけたくさん植民地を獲得すること」を主目標としていたら、ヨーロッパ戦線の動きを見極めることもできて、歴史が今とは相当変わっていたかもしれません。何をするにしても、あせりとか一攫千金を夢見るとかは、駄目ですね。

【ただいま読書中】『医師の社会史 ──植民地台湾の近代と民族』ロー・ミンチェン 著、 塚原東吾 訳、 法政大学出版局、2014年、4400円(税別)

 台湾には3000年前からオーストロネシア族の人びとが住んでいました。15世紀には日中の海賊が拠点を構えます。オランダやスペインが占領をしますが、1662年に明の総督鄭成功(国性爺)がオランダ軍を追い出し、中国本土を支配する清王朝に対して「明朝復興」を唱えます。しかし1683年に台湾は清に降伏、以後中華帝国の周縁に位置し続けることになります。漢人には出身省による派閥対立があり、そこに原住民とオランダ植民者も対立に参加します。そして1895年、日本がやって来ました。日本人は50年かけて「台湾の単一化」に取り組みます。はじめは反乱が頻発しましたが、日本は警察システムを配備し、1902年までに武装勢力を解散させています。11年におきた中国本土の革命の影響で12年から台湾でも武装蜂起がありましたが、警察はすみやかに鎮圧をしました。
 台湾総監となった後藤新平はヨーロッパのやり方とは異なる「科学的植民地主義」を唱えます。具体的には、「新エリート」の育成を目指しました。そこで重要だったのが二つの専門職、教師と医師です。ただし彼らは地主階級などの「旧エリート」の子弟であったため、台湾社会は安定しました。日本は台湾の「均質化」を推進し、そのために「台湾人」という意識が芽生えることになります。日本に留学した台湾人学生は大正デモクラシーの影響を受け、自治を志向します。事態は複雑です。「台湾人」が向く方向は、日本・台湾・中国なのですから。また、日本であれ台湾であれ、一級のパフォーマンスを社会で発揮しても二級市民の扱いを受けていたら、その人はどうしても反体制に傾きます。つまり、反植民地主義に。本書では「台湾の新しいエリートによる反植民地主義運動は、日本が作った」としています。そしてその中心には、専門教育をうけた教師と医師、そして公立学校の卒業生がいました。特に日本及び台湾から社会的評価が高かったのは、医師でした。
 日本から見たら、専門家教育は植民地支配のためのツールでした。しかし専門家集団ができるとその内部には独自の論理が育まれます。また、台湾医学校の教師はすべて日本人、台湾人はせいぜいその助手、という家父長的で階層的な構造がありましたが、赴任した校長は大体リベラルで(専門職における自立性がそのリベラルさを生んだのではないか、と著者は推測しています)、台湾の学生はそのリベラルさも学びました。
 台湾人医学生・医師は、伝統的な台湾コミュニティの一員であると同時に、コスモポリタン医学の一員でもありました。彼らの多くは弁髪を切り日本式の学生服を着ました。そこに、中国の伝統、リベラリズム、科学が加味されます。やがて彼らは「個人の疾病の病理と、社会的な病理とには関係がある」と考えるようになります。
 古代中国には「下医は病気を治し中医は人を治し上医は国を治す」という言葉があります。それの20世紀版です。そもそも、師範学校ではなくて医学校を選択した台湾人には、「教師は権力(日本)の手先、医学だったらけっこう自由」という認識を持っていた人が多くいたようです。もともとリベラル傾向が強い人が集まっていたのかもしれません。
 1937年日中戦争が起こり、日本は台湾の皇民化政策を推進します。その過程で医師の専門家集団は国家とのつながりを深めますが、それは「医師の脱民族」を意味していました。ただし「民族性」はそう簡単に消えるものではありません。この「ハイブリッド・コミュニティ」の特殊性を、著者はどうやって理論化したら良いのだろうか、と迷います。
 日本医学界からは、台湾は「化外の地」から「熱帯医学」を研究するための「重要な場所」となりました。そして、戦争によって“ピラミッド”の頂点にいた日本人医師が徴用されたため、台湾人医師や医学生は一挙に“ピラミッドの頂点”に駆け上がっていきます(台湾人が正式に徴用されるのは1945年からです)。ただし彼らの自己意識は「日本人」ではありません。といって「台湾人」や「中国人」でもなくなっています。彼らのアイデンティティは「専門職のアイデンティティ」となっていたのです。(そもそも台湾は清から日本に割譲されたので、台湾人は自分たちの祖先は清朝の人間だとは思っても、中華民国人とは思っていません)
 「帝国主義」というのは私には実感をもっての想像ができませんが、本書を読む限り、その中で生きることは、適応するにしても抵抗するにしても、大変だろうな、と思わされます。特に「アイデンティティ」が「ハイブリッド」だとますます大変でしょう。ところで「日本人は単一民族」って、誰が言ったんでしたっけ?



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