知の知、無知の知
科学において重要なのは、何がわかっているかをきちんと科学者が把握し、さらにそれを他の科学者とも共有できていること、さらに何がわかっていないかもきちんとわかっていることです。
【ただいま読書中】『南極で心臓の音は聞こえるか ──生還の保証なし、南極観測隊』山田恭平 著、 光文社(光文社新書1077〉、2020年、1000円(税別)
「生還の保証なし」はもちろん日本の観測隊の話ではなくて、シャクルトンが隊員募集の広告で使った「男子求む 至難を極めし航海 薄給・極寒・続く暗黒・常なる危険 生還の保証無し 成功時には名誉有り」からです。
高校生の時に講演で聴いた「南極に行きたいなら、金持ちになるか南極観測隊」「南極観測隊員になるなら研究者になるのが簡単」「南極大陸では自分の心臓の音が聞こえる」という話に“呪い”にかけられ、基礎研究者になり、第59次南極観測隊の大気チームに潜り込んだ著者は、南極で書いていたブログが評判となり、ついにこの本を出版することになりました。
ユーモアたっぷりの文章で、さらさら読めてしまいますが、たとえば雑談で「昔は駅のホームに冷凍ミカン売りがいた」「ゆで卵も売っていた」なんて会話をしている、と知ると、南極にも高齢化の波が、としんみりしてしまいます。
南極ではいろんなお仕事が著者を待っているのですが、その中で私にとってちょっと意外だったのが「滑走路造り」でした。南極観測を行っている国は国際共同航空通信網を結成していて、各地に航空拠点があるのです。そこで著者は雪上車に乗ってせっせと往復運動をして滑走路を作ることになったわけ。
しかし本書の構成は上手いなあ。普通だったら時系列で並べますよね。ところが本書では途中に回想がはさまれます。それも「回想をしたくなる」という状況になってから。
この回想シーンもまた、明るく軽く書いてありますが、その陰にある博士課程とかポスドクとかの悲哀は十分伝わってきます。著者は「悲哀」をウリにしているわけではないので、こんな読者は想定外かもしれませんが。
食事、トイレ、人間関係……あれ? 観測業務の詳細は? 何しに南極に行ったの? で、結局心臓の音はきこえたの? 数々の謎を残したまま、著者はあっちに行ったりこっちに来たり、忙しく動き続けます。これでは心臓の音を聞く暇はありませんね。
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