【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

食物の貴賤

2016-03-09 06:39:26 | Weblog

 私が子供の頃に見ていたディズニーアワーなどで紹介される「アフリカ」で、ライオンは百獣の王であり、ハイエナはライオンなどの食べ残しをこそこそと食べる「軽蔑されるべき腐肉あさり」でした。当時の私は進化論も生態学も知りませんからそんなものか、と思っていましたが、今は違います。腐肉あさり専業で種の保存ができるのか?という疑問は持ちますし、そもそも腐肉あさりが軽蔑されることか、にも疑問を持ってしまいます。だって「百獣の王」ライオンだって、他の肉食獣が倒した獲物を横取りしに行きません? というか、食物連鎖に貴賤の価値観は似合わないような気がします。食えるものは何でも食って種の保存を図るのは当然の行為ですから。食えるものでも平気で捨てる人間が異端なんでしょう。

【ただいま読書中】『ブチハイエナ(上)』H・クルーク 著、 平田久 訳、 思索社、1977年、2300円

 1964~68年にセレンゲティ国立公園とゴロンゴロ火口でブチハイエナの行動を追い続けた動物学者のレポートです。
 今から半世紀くらい前、アフリカは「開発」によって野生動物が住みにくくなっていました。その個体数を人為的にコントロールする必要も言われるようになっています。そんな時代に「肉食獣による個体コントロール」を研究することは「時代の要請」だったのです。
 ハイエナには、著者が研究したブチハイエナ以外に、チャイロハイエナとシマハイエナがいます。この時代、イヌ上科とネコ上科は別のものでしたが、著者は「ハイエナはジャコウネコ科と類縁がある」と述べています。イヌ上科とネコ上科は今はネコ目(食肉目)にまとめられていますが(で、ハイエナ科はイヌ亜目ではなくてネコ亜目に入っています。あらら、ハイエナってネコだったんだ。下巻に系統図がありますが、中新世にハイエナ科はジャコウネコ科から分岐しているように描いてあります)、若い頃に刷り込まれた知識があるせいで、私はどうも「ネコ目」という名称がすっきりしたものには見えません。いや、どうでも良いことですが。さらにハイエナはどう見ても「イヌ」なのにネコとは……ますます私はすっきりしません。
 著者の研究態度は科学的です。群れ(クラン)の個体をそれぞれ識別し、その行動範囲と行動パターンをなるべく詳細に記録します。生命表を作成し、死因をなるべく特定しようとします。こうして個体群についての概要を得て、次に草食獣の群れとの関係、さらには別の捕食者の群れとの関係を見つけようとしています。著者が見つけたのは、ハイエナはヌーの群れを好んで後を追う、ということでした。ここでは統計が活用されています。「目撃」によって得られた、ハイエナと草食獣との密度に相関関係があるかどうか、というデータなので、直接的な証拠とは言えませんが(直接証拠を求めるなら、ハイエナを解剖してその胃の中を調べる必要があるでしょう)、それでも「ヌーの群れのそばにハイエナがいることが多い」と統計的に言えたらそれはそれで一つの「事実」になります。実際に狩りをしている場面の目撃や殺されたハイエナの胃の調査から、草原の草食獣だけではなくて、魚・ダチョウの卵・人・ライオンなどもハイエナが食べていることがわかっているそうです。
 ハイエナは特定の場所を「便所」として、そこで排便をする性向を持っています。本書では便中の「毛」の分析が行われていますが、何を食べているか、をきちんと解明するためには、今だったら便のDNA分析でしょうね。
 そうそう、ハイエナは腐肉あさりもしますが、「腐肉あさり」で言えば、ライオンはハイエナ以上です。ゴロンゴロ火口ではライオンはハイエナに殺されたシマウマの26%、ヌーの31%を盗んでいたのです。盗まれたハイエナは、仕方なくまたせっせと殺しに走り回ることになります。著者の推計では、ゴロンゴロ火口で年間にヌーの群れの11.1%がハイエナの餌食になっているそうです。ただ、ヌーの個体数は年を超えて安定しているので、食物連鎖はうまくつながっている、と言えるのでしょう。著者は「草食動物の数」「草地の状態」によってハイエナが獲物を得る容易さが変化し、それによって「草食動物の数」が調節される、と考えています。なお、ハイエナの食事後には、骨さえ残っていません。彼らには骨を砕く歯があって骨まで食べ尽くしてしまうのです。
 他の肉食動物との関係はいろいろ複雑ですが、私が面白く読めたのはハゲワシとの関係です。ハゲワシはハイエナの猟を上空から見ていて獲物が倒れたらそのおこぼれに与ろうと首を突っ込んできます。しかし、ハゲワシが屍体を見つけて急降下したら、その音を聞きつけてハイエナはその地点に全力でダッシュします。つまりハイエナとハゲワシは、競争相手であり利用しあう相手でもあるのです。
 ハイエナが狩りをするときに、相手によってどのように行動が変わるかの観察記録もあります。面白いのはその成功率がそれほど高くないこと。逃げる方も必死だからでしょうね。



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