月
三日月は、光っている弓形の部分だけではなくて、暗い部分も全部含めて「月」です。
【ただいま読書中】『ぼくは「つばめ」のデザイナー ──九州新幹線800系誕生物語』水戸岡鋭治 著、 講談社、2004年、1200円(税別)
2001年暮れ、JR九州から著者の会社に新幹線デザインの依頼が来ました。ベースは「700系のぞみ」。700系は1200両も作られていますが、800系の需要はせいぜい数十両。ゼロから新規開発するのはコストのムダですから、700系のマイナーチェンジで済ませよう、というアイデアです。さらに与えられた期間は1年間。その制約の中でいかに「九州のオリジナリティー」を表現するか、デザイナーたちの悪戦苦闘が始まります。
まず登場するのは先頭車両のデザインですが、これは「こだわり」の連続です。運転席の窓の回りが黒く塗られていることにもちゃんと理由があるのです。私が特に感銘を受けたのは、「0系(初代の東海道新幹線)」のイメージを少し受け継がせることにした、という話でした。そういえば正面から見たとき「つばめ」には「0系の子孫」の雰囲気を感じます。なんだか嬉しくなります。
ここで著者の子供時代の話が始まりますが、これには意味があります。その生い立ちが、新幹線の「椅子」のデザインに直結しているのです。そして「車内」のデザインが始まります。テーマは「和」と「軽量化」。そのために「木」特に山桜の無垢材を多用することにします。車体色の白・赤は「日の丸」「有田焼(白磁、赤絵)」「ベンガラの赤(著者の故郷の岡山はベンガラの産地)」で
す。色にも“意味”があるのです。
著者はJR九州ですでに、列車・バス・高速船のデザインを豊富に行なった経験を持っていました。だからその流れで「そろそろ新幹線のデザインを」という依頼になったわけです。本書にはそれらのデザインも載せられていますが、古いものを活かして色だけ変えたものや、ゼロから作り上げて世界的な賞を取ったものなど、様々な冒険や遊びが展開されています。
デザインそのものを見ているだけでも楽しい本ですが、私に興味深かったのは、著者のデザインのバックボーンとなっている思想です。著者はそれを明確には語りません(押しつけては来ません)が、私が読み取った限りでは「公私の別をきちんと」「未来志向」「伝統を軽視しない」といったものが著者のデザインを支えているようです。その場での受けを狙うだけではなくて、「全体」の「未来」をデザインしていく態度、と言えばいいでしょうか。
なんだか、九州に行って「つばめ」に乗ってみたくなりました。新幹線以外のいろんな車両にも。
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