【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

公務員バッシング

2009-08-28 17:58:12 | Weblog
 たしかに一部の公務員の「働きぶり」は目に余る物がありますが、おそらく大多数の公務員は真面目に「自分の職務」を果たそうとしているのでしょう。社会的にバッシングをうける企業でもほとんどの従業員がそうであるように。
 で、民主党だけではなくて自民党や公明党も「公務員削減(あるいは人件費削減)」を謳っていますが、職務が減るわけではありませんよね。それで人員を減らしてやっていけるのかしら。もしかして「派遣」でやりくりするつもり?

【ただいま読書中】
ウィーン 最後のワルツ』ジョージ・クレア 著、 兼武進 訳、 東山魁夷 装画、1992年、2136円(税別)

 「ウィーン」「ワルツ」と来たら……と思いながらページを開くと、登場するのはウィーン生まれのユダヤ青年ゲオルク・クラール。イギリス軍に志願するも国籍を変えていなかったため「敵性外国人」として、国王に忠誠の誓いを立てているのにもかかわらず戦闘部隊ではなくて工兵部隊に配属されていて、それが不満です。国会議員への工作が実り、彼は(彼だけではなくてすべての外国人兵士は)戦闘部隊への配置が許されます。しかし、外国人(ユダヤ人)であることを示す標識番号はそのままでした。クラールはまた運動をして新しい標識番号をもらいます。ただしそのためには改名をする必要がありました。彼は新しい名前、ジョージ・ピーター・クレアとなります。
 そこからクレアは、クラール家の歴史を物語り始めます。ジョージ・クレアの曾祖父、ヘルマン・クラールの誕生から。1816年、オーストリアがメッテルニヒ公によって支配されていた時代です。ヘルマンは有能な軍医でしたが、出世は遅々たるものでした。ユダヤ人だったからです。そして祖父と祖母。ジークムント・フロイト、皇帝フランツ・ヨーゼフ、ビスマルクなどの名前が紙面で踊ります。地名は同じでも、今とは違う(失われた)世界でのお話です。
 「何百万人もの人に対してわれわれは一体感を持てない」と著者は述べます。だから著者は「個人」を語ります。自分の祖先たちを。彼らの名前や人となりを知ったら、ホロコーストでの彼らの苦痛を理解できるのではないか、と。だから著者は一族の面々を一人一人綴ります。容貌・風体・行動・性格、欠点や美点も容赦なく。
 1882年、ドイツ系オーストリア人の学生友愛会がヴァイトホーファー決議案を承認しました。「ユダヤ人は道義心を欠いている。したがってユダヤ人は低劣である。したがってユダヤ人は立腹することは不可能であり、どのような侮辱を受けてもそのことで決闘を求めることはできない」というものです。そういえばフロイトの父親が街路上で帽子をたたき落とされる侮辱を受けてそれをじっと堪えたのもこの頃じゃなかったかな。1889年にはゲオルクの父エルンストが生まれます。奇しくもアドルフ・ヒトラーと同じ年の生まれでした。
 「帝国」は消滅しますが、ウィーンは小国には不釣り合いなほど巨大で優雅な「世界の首都」であり続けます。社会の底を流れていた反ユダヤ主義があちこちで盛んに吹き出始めます。そして「没落した帝国」「没落していくヨーロッパ文化」を実感しているせいか、「死」や「滅び」への志向がウィーンの社会(あるいはヨーロッパ全体)に生まれます。帝国の消滅(と小国の乱立)によって、「ユダヤ人」も細分化されます。キリスト教化したもの、西欧化したもの(立派な服を着、社会の中で肩書きや影響力や富を持っている)、旧来のもの(カフタンを着、長い髭とイディッシュ語)、宗教だけではなくて社会的文化や出身地によってもユダヤ人は区別されますが、(ユダヤから見た)異教徒からはまとめて「ユダヤ人」でした。
 学校で落第したり幼い恋を経験したり、著者はそれなりに順調に育ちます。『わが闘争』で「ユダヤ少年が“ユダヤ特有の性的魅力”を使って、無垢なアーリア人の処女を破廉恥にも誘惑する」という記述で著者は驚きます。だって著者は自分が「ユダヤ特有の性的魅力」なんか持っていないことはよくわかっていますし、自分にとって大切なのは国籍や人種ではなくて「その少女が魅力的かどうか」だけなこともよくわかっているのですから。
 オーストリアではデモやクーデターが起き、ドイツの圧力を避けるためにオーストリアの政治家はムッソリーニに頼ろうとします。著者の恋の進展と平行するように、ドイツとオーストリアの仲が進展するところでは、笑うべきかどうか、私は一瞬悩みます。著者は「時代や社会の大きな悲劇」を「個人や家族の小さな喜劇」を詳しく描くことで間接的に描写しているのです。「個人の人生(のつながり)」と「時代の流れ」を同時並行的に描くことで、著者は「細部が異様に詳しい巨大な物語」を手に入れました。
 オーストリアとドイツの「合邦」と同時にユダヤ人の迫害が公然と開始され、著者はアイルランドへ両親はフランスへ逃亡します。そして第二次世界大戦が勃発しフランスは占領され両親の消息は絶えます。
 「ポグロム(ユダヤ人虐殺)を、“ヒトラーのせい”とするのが一番簡単」と著者は述べます。もちろんそれが「正解」ではないことはわかっています。2000年間蓄積されたユダヤ人憎悪(ゼノフォビア)がヒトラーを通して爆発したのです。著者は声高な告発はしません。ガス室の描写もほんのわずかです。著者は「生」を描きます。そして、その生が他者から乱暴に中断されることを。
 「声の大きさ」が人の心に与える影響力の一番の要素ではない、ということがよくわかる好著です。



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