【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

先入観/『血と砂 ──愛と死のアラビア(下)』

2009-02-24 18:57:49 | Weblog
 もし相手が「-2」の先入観を持っていることがわかれば、相手に「10」をそのまま伝えると「8」になって届くことが予想できます。ということは、どうしても相手に「10」を届けたければ「12」にしておく必要があります。「+2」だったら、その逆です。
 問題は、聞く人がいろいろ混じっている場合です。「私は先入観でこれだけの補正をします」と一人一人顔に書いてあればいいんですけどね。

【ただいま読書中】
血と砂 ──愛と死のアラビア(下)』ローズマリ・サトクリフ 著、 山本史郎 訳、 原書房、2007年、1800円(税別)

 ワッハーブ派によって占拠されている聖地奪還を旗印にアラビア半島にエジプトは軍を進めます。トマスは太守の息子トゥスンに従い騎兵隊隊長として出陣します。エジプト軍は一度は苦汁をなめますがついに聖地メディナを落とします。洋の東西も古今も問わず、陥落した都市が見舞われる略奪と強姦の夜、トマスは一人の女性を救います。一家を殺され家を焼かれ輪姦される寸前だったアノウドです。
 トマスは振り返ることをしない人です。戦場でも人生でも、行動としても心の持ちようとしても。そして、常に砂漠に「美」を探しています。小さな花、まばらな木に萌える若葉、雨上がりの砂漠特有のすばらしい香り、そして妻を迎える家を飾る砂漠のダマスクローズ……同時に彼は自分を見つめる視線に敏感です。そして、かすかな不安の予兆にも。

 「イスラムの民」といっても、本当にいろいろです。部族や宗派や国によって、共通点もありますが相違点も目立ちます。その中に放り込まれたスコットランド人が、独りの敬虔なイスラム教徒として、コーランと自分自身のプライドと友人に対して忠実であることだけを拠り所にして生きた物語には、異様な迫力があります。味方だけではなくて敵にも尊敬された異邦人。スコットランドの貧しい武具職人の徒弟が、とうとうメディナ総督の地位を得ます。彼が砂漠に来てからたった8年の濃密で凝縮した人生でした。
 最後の戦いで、私は同じ著者の『落日の剣』を思います。圧倒的な敵軍に対してアルトスの少数の騎兵隊が突入していくシーンを思い出したのです。ただ、こちらのトマスはそのちょっと前に部下に向かって「諸君、この世は不公平なのだ」と言ってのけます。さらに命令ではなくて友人としてのお願いもします。ユーモアを持ち温かく勇猛で高潔……なんだか魅力的すぎる人物造型です。これはトマスの魅力であると同時にサトクリフの魅力でもあるのでしょうね。




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