村山織物協同組合のブログ

武蔵野と狭山丘陵

白狐

2019-03-11 14:22:22 | 日記
指田日記、天保7年2月20日
今の昭島市福島の裏山に白狐が死んでいて大勢見物に来ていると聞いたので、指田さんは見に行きました。
そこでは30人も出店を出していました。

近くに2,3か所狐の掘った穴があり、箱の中に狐が入れてあった。
その形子犬に似ていて、尾っぽが細くて白犬に似ていた。
おかしい
「これは犬ではないか?」と疑う。近くで四国九州の犬は小さいと聞いた。
昔は楽しみが少ないから、ちょっとしたことが話題になったのでしょう。

天保のころは気候が悪く作物が取れない。天保の飢饉ですね。
指田日記には陰陽師であったためか、気候のことが詳しく出ています。
雷、大風、地震、が多かったようです。
強盗、殺人、泥棒、火事、疫病、たいへんな時代です。
死が身近にありました。
たいへんに物騒な世の中でもありました。
そんな中でも、芝居などの興行がおこなわれたりしてました。

その頃は養蚕も盛んにおこなわれていました。
当然機織りも行われていました。
村山大島の下地はできていました。

人々がその頃、どんな生活をしていたかが、この日記でよくわかります。
戦前までと、そう変わりがなかったようです。



            
      (-_-メ)







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